純国産のツイード、誕生
2019年には、北海道の恵庭市で飼育され毛刈りされた羊の毛を中心に北海道全土から羊毛を集め、帯広市で洗毛し、大阪府泉大津市で紡績し、愛知県一宮市でツイードを織り上げた。すべての工程を日本国内でおこなったツイードが誕生した。
羊毛や糸を輸入して、生産工程の一部を日本でおこなうという意味での日本産ならば、これまでも存在した。だが、国島が手がけた「北海道ツイード」は、原料生産から製品生産・販売までのすべてのプロセスを日本でおこなった初めてのツイードとなる。
かくして北海道ツイードは2020年1月に完成した。洗毛過程で化学染料を使わない100%オーガニックな生地。牧草作りから始まるすべての生産プロセスを現地で確認しているので、伊藤さんにとっての愛着はひとしおである。
初の純国産ツイードは、弾力のある原毛を活かした厚みのある生地で、素朴な風合いに仕上がった。生地を顔に近づけると、そこはかとなく牧草の香りがする。
このツイードで織られたコートを羽織ってみた。原毛を多く投入して高密度に織り上げており、海外の有名ツイードと比べ2割ほど重いはずだが、予想よりも軽い着心地。ボールドーセット種の羊毛はちぢれが強く空気を多く含む。その風合いを生かすようにやさしく洗毛するなど、こだわりぬいて試作を重ねた成果である。
いち早く生地を採用したテイラーからは「温かく深みのある風合いながらハリとコシがあり、パリっとシャープに仕上がる」との声が上がった。羊飼いたちが羊に注いだ愛情を感じ取っていただけたらうれしい、と伊藤さんは話す。
ジャパン・ウール・プロジェクトの可能性
2020年は、北海道、宮城、高知など全国12カ所の牧場がプロジェクトに賛同し、国島に原毛を提供した。国島は総量で2トンを購入した。すべて化炭処理なし、薬剤使用なしのオーガニックな羊毛である。
参加牧場の拡大に伴い、羊毛の品種も多様になった。ポールドーセットの使用量はほぼ昨年並みだが、サフォークとコリデールが増加しており、いずれもポールドーセットと比べると毛質が柔らかい。そのため、今年、生産されたツイードは毛羽が抑えられ、ソフトな風合いが前面に出ている。そんなふうに、毎年、異なる風合いのツイードが生まれてくることにもワクワクする。ワインの当たり年みたいに、「2020年もの」のツイードは将来、価値を帯びるかもしれない。将来はさておき、国島は、牧場の朝、昼、夜をイメージした美しいツイードを10種類、織り上げた。
製品化した生地は、J SHEPHERDSのスタイリッシュな織ネームをつけられ、同社店舗や都内の百貨店など7カ所で販売される。
世界各地のツイードは、土地に根ざした野趣が魅力である。ツイードは土地の物語と共に伝承され、文化的価値を帯びていった。スコットランドでは、同じ地域で働き生活する人たちを特定する織柄(エステートツイード)の生産も盛んである。チャールズ皇太子がこの織柄を率先して保護していることでも有名である。
日本のツイードも、各地の物語とともに伝承されていくことで、ラグジュアリーな価値を帯びる織物になる可能性を秘めているのではないだろうか。少なくとも、産声をあげたばかりのツイードは、それを着る私たちが積極的に守り育てていくものでもある。このプロジェクトに賛同した私も、微力ながら応援したいと思い、ジャパンツイードを着る予定である。ジャケットやコートを着ることで、北海道の羊や羊飼いたちとつながることができるって、やはりちょっとロマンティックだ。
始まったばかりのジャパンツイードの物語は、消費者が産地とのフェアなつながりを実感しながら紡いでいく、持続可能な社会の物語でもある。