文=中野香織
「美」と「悪趣味」のあいまいな境界線
グッチが日本限定として発売した新作時計は、どのように反応するべきなのか?
38mmのイエローゴールドカラーのフェイスには、ネイビーでふちどった白地のカタカナで大きく「グッチ」と書いてある。一瞬、パロディ商品かと思ったが、最新のテクノロジーを駆使して精緻に作られた正規品である。日本限定で、価格は23万円。グッチファンにはユーモアとして歓迎されるのだろうと思う。
海賊版(bootleg)と見まがうアイテム、皮肉や悪ふざけの感覚が見え隠れするファッション、美しさよりもインパクトを重視する表現は、最近のモードに見られる特徴のひとつで、カタカナグッチ時計もその流れの延長に位置づけられるように見える。
源流は、ヴェトモン時代のデムナ・ヴァザリアに求められようか。
2016年、ヴァザリアはパリコレクションでDHL(国際宅急便)の赤字が入った黄色のTシャツを発表した。従来の基準から見ればダサいほうに分類されそうな330ドル(約3万5000円)のDHLシャツは、エレガンスの基準を揺さぶる挑戦として話題となり、ジョージア(旧ソ連の構成国)出身のデザイナーは、スターデザイナーの地位に押し上げられた。
バレンシアガのクリエイティブディレクターに就任したヴァザリアは、翌年、バレンシアガのブランドの名のもとに、イケアの青いショッピングバッグとそっくりな青い高級レザー製のバッグを発表した。イケアのバッグ「フラクタ」は0.95ドル(約100円)、バレンシアガのバッグは2145ドル(約23万円)。パクリなのかオマージュなのか、あるいは新しい挑発なのか、議論は百出した。さらに2018年には、ドイツのスーパー「エデカ」の黄色いショッピングバッグと酷似したレザーバッグを出し、物議をかもした。
一部では怒りを買い、一部では称賛され、つまり話題の的になればなるほど、デムナ・ヴァザリアの知名度は上がった。彼が提案するごつくて「アグリー」な(「アグリー」は感性に衝撃を与えるという点でプラスの評価として使われた)ダッドスニーカーや過剰にロゴを強調した製品なども続々ヒットして、バレンシアガの人気もまた上昇した。