文=渕上里実
役割を終える足場板を家具に
瀬戸内海に面する愛媛県今治市は「造船のまち」とも呼ばれるほど、古くから造船が盛んなところです。中でも、今治市の北に位置する波止浜地域には、主要な造船会社の本社や工場が集まり、その光景は「造船長屋」と称されるほど。そんな今治の地で、船が完成すると同時に役割を終える足場板を家具として再活用する、「瀬戸内造船家具プロジェクト」が始まっています。
このプロジェクトは、浅川造船(愛媛)、真聖建設(愛媛)、オズマピーアール(東京)という、一見、接点が無さそうな3社で運営されています。この一風変わったプロジェクトについて、オズマピーアールの一ノ瀬寿人さんと真聖建設代表・吉野聖さんにお話を伺いました。
まず3社の役割としては、足場板の提供を浅川造船、家具の設計・製造を真聖建設(愛媛)、販売も真聖建設が運営するセレクトショップ「ConTenna」(愛媛)が請負い、企画はオズマピーアール(東京)が担当することなっています。当初は家具以外に、箸置きやジュエリーボックスなど、小さなアイテムも考えたそうですが、そうなると在庫を少なからず持っておかなくてはならないため、受注生産が可能な家具のみに絞ったとのことでした。
浅川造船から提供される足場板は、国産杉で厚さ50mmと一般的な板より厚みがあり、ワイヤーで縛った跡が残っていたり、ペンキがついていたりと、新品の木材には出せない古材のヴィンテージ感が特徴となっています。このプロジェクトが始まるまでは大半を廃棄し、欲しいという声があれば譲っていたとのこと。
この状況に「どうにかできないか」と思っていた東予製造部部長の村上賢司さんは、旧知の一ノ瀬さんに相談。彼が現地を訪れたことで事態が動き出したのです。そこには約5,000本の足場板が残されていたといいます。
そして、浅川造船と付き合いのあった真聖建設に家具の設計、製造をお願いすることになったのですが、面白いことに、吉野代表もこの話がある前から自宅の吹き抜けの一部に足場板を使用するなど、この素材に魅力と可能性を感じていたひとりだったのです。
同じ考えを持った有志の集まり
その後、新型コロナウイルスの影響もあり、一ノ瀬さんが愛媛に行く機会は減ったそうですが、プロジェクトの全員が魅力ある足場板をどうにかしたい、という考えで集まった有志だったこともあり、2020年6月のローンチまで工程はスムーズに進んだといいます。
ただ、実際には設計・製造を担当した真聖建設に家具専門の担当者は在籍していなかったそうです。が、 代表の吉野さんに話をうかがうと、それもすんなり取り組めたといいます。
「育った環境も、ものづくり一家であったことや、僕が20歳頃から土木・建設に携わり、業界の経験も長いことから、どんな道具を使って、どのように取り付ければ良いか分かっていたため、というのもあります」
出来上がった家具は、足場板のヴィンテージ感を残しつつも、暮らしに取り入れやすくするため、椅子やテーブルなどの脚には、黒皮鉄が採用されています。黒皮鉄とは、表面に黒皮と呼ばれるほのかに青く光るような黒い膜を持った鉄材のことで、その膜は塗装ではなく製作の過程で自然に発生するもの。だから模様も計算できないのです。つまり、瀬戸内造船家具は、まったく同じ家具を作ることはできず、すべてが完全オリジナルな家具となっているのです。
そんな瀬戸内造船家具プロジェクトには、売り上げの一部を愛媛県内の子どもたちの未来への支援に役立たせることが計画されているそうです。
「現在、はっきりと何に使うか決まってはいませんが、愛媛県特有の行事である少年式(元服に由来するもので、14歳となった者に対し大人の自覚を持たせる式のこと)で贈呈する記念品を作ったり、子供たちが遊べる遊具を作ることなどを考えています。ただ、家具が売れてもお金は地元の工務店さんに入る仕組みになっており、あまり利益は出ません。メンバーはこのプロジェクトで稼ごうという気があまりないようですね」