文=渡辺慎太郎

メルセデスのAクラスセダンは、低くてフラットなボンネットや横長のヘッドライト&テールライトが、ワイド&ロー感を強調し、スポーティさを演出している

クルマに関するさまざまな質問

 “自動車ジャーナリスト”を生業としていると、クルマに関するさまざまな質問を頂戴します。こういうご時世なのでSNSを介した質問が圧倒的に多いのですが、自分の場合はどういうわけか高速道路のサービスエリアの喫煙所でじかに、という場合がよくあります。

 世の中で日を追うごとに肩身がどんどん狭くなっていく者同士、なんとなく親近感を覚えるのかもしれません。「はあ、今日の○○は乗り心地が最悪だな。1000万円以上もしてこれかよ」といっぷくしながら天を仰いでいると「慎太郎さんですよね」と声を掛けられます。なんとか坂46やなんとか坂48のメンバーの顔がみんな同じに見えて記憶にさっぱり残らない自分にとって、しがない自動車ジャーナリストごときの顔をちゃんと覚えてくださっていること事態がかなり衝撃的なのですが、せっかくなのでできるだけ丁寧にお答えするよう心掛けています。

 時には「休日は何をしてるんですか?」とか、個人情報の核心部分を鋭くえぐられるようなど真ん中の直球もあって自分なんか思わずうろたえてしまうのだけれど、基本的には(当然のことながら)クルマにまつわる質問がほとんどで、もっとも多いのが「最近乗った中で何が1番よかったですか?」という問いかけです。

 この回答、実はなかなか難しいんですね。「そもそもいいクルマとは何か?」という禅問答みたいなループに陥りやすいからです。自分の場合、「いいクルマ」とは「性能や装備や機能がきちんとしていて、価格とのバランスもよく、人にお薦めできる」と定義しています。いっぽうで「いいクルマ」と、個人的な趣味や趣向が大いに反映される「好きなクルマ」は、自分の中でまったく異なる価値基準の物差しを使って選別しているので、両者が同じになることはほとんどありません。

 

閉鎖的空間でのやりとりを開放

スクエアでシンプルなボディを持つXT6。各部の繊細な処理が気品を与え、加えて空力など機能面でも重要な役割を果している

 縁あってここでの連載の機会をいただきました。どんなことを書こうかずいぶん悩みましたが、SNSや喫煙所など閉鎖的空間でのやりとりを開放してみたらどうかと考えた次第です。で、初回は「最近乗ったクルマの中でよかったのは何ですか?」という質問を選びました。

 この半年くらいの間に試乗して「これはいいな」と思ったクルマが3台あります。メルセデス・ベンツのAクラスセダン、キャデラックのXT6、そしてマセラティのグラントゥーリズモ/グランカブリオです。

 最近のクルマは勝手にどんどん肥大化していく傾向にあります。「本当はこんなに大きくなくてもいいんだけど、適当なモデルが見つからないから」としぶしぶ大きなクルマを運転している方も少なくありません。クルマの場合、ボディサイズが小さくなるにつれて値段が安くなる傾向があり、「小さいけれど高級」な商品を見つけるのは至難の業です。

 Aクラスセダンはまず何よりサイズがよく、Cクラスよりも小さい全長4550mm、全幅1800mmのボディは都内などで取り回すには絶妙です。ハッチバックよりも瀟洒な佇まいは自分みたいな50過ぎのおっさんが乗ってもしっくり収まるし、乗り心地もよく静粛性も高く、大人4人がちゃんと座れるパッケージも好印象でした。

 バブルの頃、“小ベンツ”と揶揄された190Eというモデルがありました。ボディは日本の5ナンバーサイズに収まるほどコンパクトで、でも運転するとそこにはまごうことなきメルセデスの雰囲気が漂っていました。Aクラスセダンに乗るたびに、少しだけ190Eを思い出したりしています。

 

大きなクルマは潔いサイズを

 どうせでっかいクルマに乗るなら、いっそこれくらいのサイズを選んだほうが潔いかもしれない、と思わせてくれたのがキャデラックXT6です。全長は5mを超え、全幅も2mに迫り、全高は自分の身長よりも高い1775mmもある圧巻の存在感を放っています。高速クルージングが得意で、直進安定性の高さと快適な乗り心地により、どこまでも走っていけそうな気分になります。3列シートの6人乗りで、定員乗車でもさらに荷室スペースがしっかり確保されているのはお見事。2列目/3列目シートは電動式で畳めるので、使い勝手も申し分ありませんでした。これで800万円台と価格も魅力です。

 日本ではどういうわけか、“アメ車”の評価が不当に低いと常々感じています。ドイツ車、あるいは欧州車至上主義みたいなところがあって、アメ車はそんな日本人の食わず嫌いの被害者と言えるでしょう。キャデラックはXT6に限らず、プレミアムブランドにふさわしい上質で性能バランスに優れたプロダクトを世に送り出しています。その上、ドイツの競合よりもアフォーダブルなプライタグを掲げています。だからもうちょっと見直されてもいいはずなのです。

グラントゥーリズモは、フェラーリとマセラティが共同開発し、フェラーリのマラネロ工場で製造された4.7リッターV8 DOHCエンジンを搭載。自然吸気の美しいエンジン音を奏でる。

 マセラティのグラントゥーリズモ/グランカブリオはぜんぜん新しくないのですが、昨年11月に生産が終了してしまい、新車で購入するにはもはや市場在庫を探すしか手がありません。フェラーリの血が入ったV8エンジンは、五臓六腑に染み渡る胸のすくような艶っぽいサウンドを声高らかに歌い上げ、これを聴きたいがためにアクセルを踏み込みたくなる、そんなクルマです。クルマを取り巻く世知辛い環境において、こんなエンジン音を奏でてくれる個体はおそらくもう2度と出てこないでしょうから、いまが最後のチャンスなのです。

 工業製品としてこのクルマを客観的に評価すると、最新のレベルに達していない部分がないこともありません。でも、どの性能でも85点をとって平均点を85点としている日本車に対して、グラントゥーリズモ/グランカブリオはスタイリングやエンジン音やハンドリングで110点を稼ぎ、その代わりに装備やボディ剛性などは60点くらいに甘んじて平均85点を達成している節が見受けられます。個性がない、白物家電化していると言われる日本車と、独自のアイデンティティや独特の乗り味があると言われるイタリア車が明らかに違う原因は、そんなところにもあるのでしょう。