文=勝尾岳彦
昨年秋にパリのマレ地区の古本屋で手に入れた、第一次世界大戦と第二次世界大戦の狭間の1933年秋に出版されたプジョーのブランドブック。プジョー家のものづくりの歴史を紐解き、生産技術や前輪独立懸架の優位性をアピールするとともに、ユーザー層の拡大に向けて女性ドライバーを強く意識した作りになっている。
有償で販売されていた豪華版ブランドブック
9月にパリを訪れた時、マレ地区にある古本屋で86年前に出版されたプジョーのブランドブックを購入した。巻末にはドラジェ兄弟社が1933年9月にプジョー自動車有限責任会社のために出版した、と記されている。
プジョーブランドのシンボルであり、フランスの領土保全と独立の象徴とも位置付けられていた、フランス東部の都市ベルフォールにあるライオン像が配され、INDÉPENDANCEというタイトルが付けられた表紙には、25フランという定価が表示されている。無償で配布されたものではなく、購入する書籍であったことが分かる。当時の1フランの貨幣価値を調べて見ると、1フランあたり現在の日本円に換算してだいたい200円から250円という数字が出てきたので、25フランは5000円から6000円程度になる。安い本ではない。
しかも、巻頭には通常版の他に「日本帝国の紙」に印刷され、AからJの印が入った10冊の「予約版」、日本帝国の紙に印刷され、1から50までの通し番号が入った50冊の「超豪華版」、アナン紙に印刷され、51から1550の通し番号が入った1500冊の「豪華版」がある、と記されている。同じ内容でさらに高価な複数のエディションが販売されていたことが推察できる。
プジョーのある暮らしを紐解く
この本の扉にはAU PIED DE LA CITADELLE BELFORT CE LION SYMBOLISE NOTRE TERRITOIRE INVIOLÉ IL REPRÉSENTE NOTRE INDÉPENDANCE(ベルフォールの城塞のふもとにあるライオンは、私たちの侵略されない領土を象徴している。それは私たちの独立を表している)という一文が書かれている。
第二帝政末期に普仏戦争でドイツに負けたフランスがアルザス・ロレーヌ地方をドイツに割譲することを余儀なくされた時に、ベルフォールは割譲されないでフランスの領土として残された。ベルフォールのライオンはそれを記念して制作されたと伝えられている。
この本が出版された1933年は、1月にヒトラーがドイツの首相に就任し、ナチスが政権を獲得した年だ。第一次世界大戦のドイツの敗北でアルザス・ロレーヌを取り戻したフランスだが、ナチスの台頭により再び脅威が迫っていた時期に出版されたこの本は、1905年以降プジョー車のエンブレムとして用いられていたライオンのイメージと、フランスの領土保全と愛国心の象徴であるベルフォールのライオンのイメージを重ね、プジョーのブランドイメージを高めようとしているように見える。