ミシェル・パルミジャーニ 1950年、スイスのヌーシャテル生まれ。76年に修復専門の時計工房を開設。80年よりサンド・ファミリー財団のコレクションの修復・保守を担当。アブラアン・ルイ・ブレゲが1829年に製作したシンパティッククロック(同調時計)の修復が有名。1996年、サンド・ファミリー財団の支援を受けパルミジャーニ・フルリエを設立し、現在に至る。
写真=三田村優

 

スイスの高級腕時計ブランド、パルミジャーニ・フルリエは、1996年の創業ながら時計界に確固たる地位を確立している。ブランドを率いる創業者のミシェル・パルミジャーニ氏は、「修復不可能」とされた歴史的名品を卓越した技術で修復した凄腕の時計師でもあり、卓越したデザイナーでもある。来日したミシェル氏に、元日経デザイン編集長であり、現在、横浜美術大学の講師も務める勝尾岳彦氏が、主にデザインについて話を聞いた。

サンド・ファミリー財団の所蔵品の修復

勝尾:パルミジャーニ・フルリエの時計を拝見いたしまして、独特の世界観で作っていらっしゃると思うんです。その大きな要素というのは、サンド・ファミリー財団(※1 )の所蔵品の修復を手がけていらっしゃったことに関係があるのかな、と思います。

パルミジャーニ:もちろんです。こうしたコレクションについて責任のある仕事を任されるということは、私の人生において忘れることができないことですし、それと同時にこういう仕事は、やはり情熱を持ってこそできるのです。そしてまた、人生においてこのような仕事ができるというのは、大変喜ばしいことです。

勝尾:特にその仕事の中から得られたものというのは、何ですか?

パルミジャーニ:昔作られた作品にはさまざまな技術的な高みがあり、クリエイティビティがあり、そして、最も示唆に富むのがハーモニー(調和)でした。昔作られた作品には、自然界に備わっている調和があります。自然界を観察することによって、作品の中に調和を実現している。その発見が、私自身にモチベーションを与えてくれました。そして、現代の作品の中にも調和をもたらしたいという想いを持つに至りました。

勝尾:その調和についても、もう少し具体的にお聞きかせいただけますか。

パルミジャーニ:昔の作品では、技術にしても、機能にしても、しっかりと調和が図られています。普通、そういったものには調和は必要ないと思うかもしれまん。しかし、昔の人々というのは、たとえ部品ひとつにしても、調和や装飾をしっかりと考えて、美しいものを作り出すことを大切にしていたのです。そして、私自身がその調和の中に見出したのが、中世イタリアの数学者、レオナルド・フィボナッチが『算盤の書』の中で紹介したフィボナッチ数列(※2)、すなわち最初の二項が1で、第三項以降の項が全て直前の二項の和になっている数列です。フィボナッチ数列の隣接する二項の比は、1:1.618の近似値で表される黄金比に収束すると言われています。昔の作品をじっくり観察すると、そこからたくさんの情報が汲みとれるのです。秀逸なものが持つ力強さが、私たちの生活をもう何世紀も前からつかさどってきたのです。

ミシェル氏が当日着けていたのは、「トンダ」コレクション。イタリア語で「円形のキャンバス」を意味するトンダは、その名の通り美しいラウンドケースのモデルだ。
写真=三田村優

図書館で見つけたクセジュ文庫

勝尾:フィボナッチ数列や黄金比について考えるようになったのは、いつ頃ですか。

パルミジャーニ:1969年のことでした。図書館に行って、そこでクセジュ文庫(※3)を見つけたんです。その背表紙に、黄金比率と書かれていました。その本には自然界や建築の世界におけるバランスについて、つまり世界をつかさどるバランスについての説明が書かれていました。古代ローマ、古代ギリシャ、古代エジプトの人々が、しっかりと黄金比を使っていたということが書かれていたのです。私は黄金比という概念を知ることによって、私自身の目を養うことができました。私の両親はいつも、“ものを見る目を養うことによって、自分自身がアートというものをしっかり手にすることができる”と言っていました。子供の頃は、ただ聞いていただけでしたが、大人になってからその言葉が自分の中に入ってきて、意味がよくわかるようになりました。

勝尾:たとえば、ギリシャのパルテノン神殿に黄金比が用いられていたり、ルネッサンスのレオナルド・ダ・ヴィンチをはじめとする芸術家たちが黄金比率に導かれたものを作っていますが、そういうものを見てまわったりするのですか。

パルミジャーニ:私は特にフランク・ロイド・ライトやガウディに興味があります。彼らの建築様式は両極ではありますけど、その底辺をつかさどるものは同じで黄金比率になるのですが、そこには普遍性があります。この話はとても興味深く、この話をし始めると私は止まらなくなってしまいます。

勝尾:黄金比率について簡潔にお話いただけますか(笑)

パルミジャーニ:昔の芸術、そして技術というものには、たとえば古代エジプトでは、いろいろな決まりごとがあり、それに従ってずば抜けたことが行われていました。ルネッサンス期には近代会計学の父と呼ばれているルカ・パチョーリという修道僧・哲学者が、1498年に『神聖比例論』を著します。この本の中でパチョーリは数学的観点から黄金比を研究しています。例えば私たちの身近にあるクレジットカードを見てみましょう。このクレジットカードですら黄金比でできていることを、多くの人はご存じないわけです。こういう物にも学術的背景があって、その形や比率が決まっているのです。私自身はフィボナッチ数列や黄金比からものの見方を学び、細かいところに至るまで、その見方によって現代の作品をクリエイトするに至っているのです。腕時計のラグひとつのデザインをとっても、フィボナッチの比率に則っているのです。

トノー型ケースの「カルパ」コレクション。パルミジャーニ・フルリエのコレクションを象徴する時計のひとつであり、このブランドの美意識が隅々まで浸透したモデルである。
写真=三田村優

時分針の長さは黄金比

勝尾:腕時計では、黄金比はどのように使われているのですか。

パルミジャーニ:時針の長さと分針の長さは、まさに黄金比によって作られています。これは1:1.618なのです。その他の部位もそうなっています。たとえば大聖堂を作った人たちは、計る道具がないので自分の身体を使って計測していました。なぜかというと、レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な「ウィトルウィウス的人体図」に表されているように、人間の身体自体が、黄金比につかさどられて構成されているからです。すなわち、自分の身体を使って大聖堂を作るというのは、黄金比が応用されるということになるのです。時計師にしても建築家にしても、最初からそういうことがわかってやっているわけではなく、直感でやっているわけです。

勝尾:自然に身体に合う部分が出てくるわけですね。

パルミジャーニ:パルミジャーニ・フルリエには「カルパ」(※4)というモデルがあります。このモデルは、側面のデザインからはじめました。普通、時計のデザイナーというのは、正面のデザインから考えはじめるのですが、私は違います。側面から考え始めます。ほんのわずかなことかも知れないですが、人間の体に馴染む自然なカーブを描くように、まずここからデザインするんです。それから正面という順番で、デザインしていきます。

勝尾:オートマタ(※5)から学んだ職人技というものも、パルミジャーニの作品の中に活かされているのですか。

パルミジャーニ:もちろんです。インスピレーションを得ました。全部とは申しませんけども、オートマタから学んだ黄金比は、私がクリエイトしたものの中に使っています。そこには、現代と昔の人々との絆、繋がりというものがあると思うのです。ありとあらゆる分野、たとえば音楽のリズムというようなものも、関連するのです。

勝尾:たとえば、音楽的な要素は時計のどこに実現されていますか。

鳥のさえずりの美しい音色を聞かせてくれた、1820年頃のオートマタ。素材はローズゴールド、イエローゴールド、プラチナが使われ、それを彫金細工で仕上げている。ここで使われているのも黄金比だという。
写真=三田村優

宇宙の法則を時計の中に込める

パルミジャーニ:音楽は、まだ時計の中には取り入れてはいないのですが、いろいろと考えてはいます。やはりDNAという形で黄金比はいろんなものの中に見出すことができます。本当にありとあらゆる分野の中に見つけることができるのです。古代から、建築家にとってみれば、まさに魔法の黄金比ということになるのです。新石器時代のオブジェを見ただけでも黄金比がその中に実現されていることがわかると思います。

勝尾:自然というか、宇宙の法則を時計の中に込めるということですか。

パルミジャーニ:そういうことです。そういった関係性を持ってやるのです。

勝尾:これからやってみたいことってありますか。

パルミジャーニ:たくさんあります。アイディアを持っていても、それをしっかりものにしていくことが大事です。人生というのは、アッという間で短い。でも、この分野にのめり込んでいると、全然退屈しないのですよ。

パルミジャーニ・フルリエの時計が黄金比でできていることを説明する、ミシェル氏。
写真=三田村優

勝尾:パルミジャーニの時計を通じてお客様に何を感じていただきたいですか。

パルミジャーニ:まず、私の作品を気に入ってくださるかどうか。気に入っていただければ、お客様の感性にピッタリ来るということになる。ピシュナーの定義というのがあって、同じ長方形でも、黄金比のものと、そうではないものを並べて展示したときに、見る人がどの作品の前で足を止めるのかということを調べると、約90%の人々が、完璧と呼ばれる黄金比の前で足を止めるというんです。

勝尾:御社はストラップ、ブレスレット以外は作る能力があるとお聞きしました。

パルミジャーニ:作っているのは、ケースと、そのなかに入るもの全てです。それだけでもかなり大変なことだと思っております。デザインも自社でやっています。

勝尾:スイスでは、外注も多いと聞きますが。自社でほどんど全てを賄うという作り方は、ミシェルさんの世界観を実現するのに必要だということですか。

パルミジャーニ:そうですね、外注の所は多いですね。パルミジャーニ・フルリエではほとんど内製しているので部品デザインのクオリティも保てます。それは大切なことなのです。

黄金比は自然の植物にも当てはまることを説明してくれた。
写真=三田村優

※1
サンド・ファミリー財団
スイスの製薬大手、ノバルティス社の創業一家として知られる。数百年前に作られた芸術性の高い時計やオートマタのコレクションを多数保有する。

※2
フィボナッチ数列
イタリアの数学者であるレオナルド・フィボナッチ(ピサのレオナルド)にちなんで名付けられた数。 フィボナッチは、1202年に算盤の書(算術の書とも)を出版し、アラビア数字のシステムをヨーロッパに導入した人でもある。

※3
クセジュ文庫
1941年第1巻を発行したフランスの文庫本。「Collection Que sais-je?」といい、プレス・ユニベルシテール・ド・フランスより発行。日本の他数ヵ国で翻訳されている。

※4
カルパ
トノー型ケースのカルパは、パルミジャーニ・フルリエのコレクションを象徴する時計のひとつであり、このブランドの美意識が隅々まで浸透したモデルである。

※5
オートマタ
主にから12世紀から19世紀にかけてヨーロッパ等で作られた機械人形ないしは自動人形のこと。