毛利輝元が築いた萩城、天守がないからこそ際立つ石垣のモノクロームな美しさ 豊臣政権下の「毛利師団」から外様大名へ、立場の変化がわかる築城様式 2023.4.7(金) 西股 総生 フォロー フォロー中 生活・趣味 歴史 シェア195 Tweet この写真の記事へ戻る 萩城 撮影/西股 総生(以下同) 萩城の裏手から眺めた春の日本海 幕末には多くの志士を輩出した武家屋敷町も今は静かだ 天守台の石垣は扇の勾配が美しい。背後の指月山に詰城がある 詰城の入口は厳重な枡形になっている 詰城から見た萩の城下。画面中央の緑濃いあたりが三ノ丸の武家屋敷街 萩駅前の天守模型。痛んでいる分、かえって幕末の古写真のようだ 萩城には、なぜかモノクロームの写真がよく似合う