騎馬民族のライフスタイルを体感できる

 米作りを止めれば棚田はただの石垣に変わり、やがて崩れ去るのと同じで、プスタも人間の営みがなくなれば、単なる荒れ地になり果てます。ホルトバージ国立公園が貴重なのは、今なおマジャールの原風景が受け継がれていること。観光でも堪能できる、騎馬民族のライフスタイルを3つ紹介しましょう。

1.サーカスの曲芸?“お座り”する馬

黒のチョッキとつば広のフェルト帽をかぶった馬飼い「チコーシュ」 ヴェロニカ・ザッパノス, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

 一口に牧童と呼びますが、プスタでは飼育する家畜によってそれぞれが専門職で、身にまとう伝統衣装も呼び名も異なります。馬飼い「チコーシュ」は、藍色のゆったり広がるズボンとブラウス。そこに黒のチョッキを羽織り、反り返ったつば広のフェルト帽をかぶります。その姿は抜群のカッコよさ!馬車にゆられて大平原ツァーにくり出すと、チコーシュたちが馬にまたがり、鞭を宙にふるって“パーンパーン”と音を立てて登場します。

 見所は、彼らの馬を操る技。なんと馬をねんねさせ、次にお座りをさせます。かつては、これが草原で敵から身をかくす術だったとか? お座りする馬など世界中探してもいないのでは。騎馬民族の誇りここにあり。

 

2.ハンガリー原産の古代種、ラツカ羊

捻れた角が特徴の古代種「ラツカ羊」 トラゴパン, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

 どこまでも続く平原に、絶妙のアクセントを打つのが羊小屋。湿地や川辺に自生する葦で葺いた巨大なかやぶき屋根が、地面まで伸びているのです。まるで縄文時代のタテ穴式住居のよう。さらに、大平原に200か所以上もある「はねつるべ井戸」。長いさおの一端に桶(つるべ)をつるし、反対側に重りをつけテコの原理で水を汲み上げます。

 長いグルグルに捻じれた角が特徴的なラツカ羊は、騎馬民族がこの地に一緒に連れてきた古代種といわれます。その肉を食い、羊毛を刈り、フェルト生地にもなったラツカ羊は、マジャール人にとって大切なパートナーでした。けれども現在、ホルトバージで飼われる羊の大半は、純白の羊毛が自慢のメリノー種に代わりました。希少なラツカ羊をお見逃しなく!

 

3.大鍋の煮込みグヤーシュと灰色牛

牛肉をパプリカで煮込んだ料理「グヤーシュ」 ウェイ・テ・ウォン, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

 お揃いの白いズボンとブラウスで身を固めている牛飼い「グヤーシュ」。彼らが葦で囲った小屋に大鍋を吊るして、牛肉をパプリカで煮込んだ料理も「グヤーシュ」と呼ばれるようになりました。見た目は真っ赤ですが辛くなく、ほのかな甘みを感じる極上の具たっぷりスープです。

 水牛にも似た長く尖った角をもつ灰色牛は、プスタで品種改良され、ハンガリーを肉牛の一大生産国にしました。最盛期には年間20万頭もが西ヨーロッパへと運ばれ、街道のところどころに牛追い人に食事とベッドを与えるチャールダ(旅籠屋)が作られました。ここで生まれたハンガリーの大衆音楽が、チャールダーシュです。その情熱的な調べは、民族楽器ツィンバロムの音色とともに、人々を大平原への郷愁へと駆りたてるのです。

 マジャール人の原風景になったプスタ。その典型的な姿をのこすホルトバージ国立公園ですが、大平原で牧畜を営みつづけるのは200世帯(2018年現在)。代々つづいた羊飼い「ユハース」の家系でも、あと継ぎがなく途絶えてしまった家があるといいます。放牧をしないと、自然のバランスが崩れてしまうプスタの未来は、ひとえに牧童たちのライフスタイルに委ねられているのです。

 時を1000年さかのぼり、中世のハンガリー社会にさ迷いこんでみるのはいかがでしょうか? 6月頃に行われるホルトバージ乗馬まつりは、牛飼い・馬飼い・羊飼いが勢ぞろいし、牧畜に欠かせない技術を競いあう年に一度の大会です。牧童たちの技や姿が一挙にみられる最高のチャンスかもしれません。

 ただし初夏のプスタは、太陽が痛いほど照りつけ、土埃は舞いあがります。春の新緑、冬には雪と、季節ならではの変化がある大平原。旅立つ季節は、くれぐれも慎重に!

※プスタ観光ツァーや乗馬まつり等の内容や日時は、年・季節ごとに変わります。

 

※旅行に行かれる際は外務省海外安全ホームページなどで現地の安全情報を確認してからお出かけください。

https://www.anzen.mofa.go.jp/