ネバダ州の核実験が行われた制限区域の前で伊東監督

ニューヨーク秋2023

暑い夏も過ぎ去ってほっと一息ゆったりとした秋のニューヨークを楽しもうとしていた矢先、ハマスがイスラエルにテロともいえる侵攻を実施し、終わりの見えない戦争に入ってしまった。

双方の言い分や大義があるにせよ無辜の市民の命が無残に毎日奪われ続けていることに何の言い訳も通用しない。親兄弟を殺戮された幼子の心に強い復讐心が刻み込まれないと誰が言えるだろうか? 世界はさまざまなこんなんに立ち向かう中で、新たな戦争が勃発し核兵器を持つ大国がその背景に見え隠れする。

多くの予算が戦費にもっていかれ、SDGsの目標達成率も鈍化しているという。数えきれない兵士や市民が命を落としている。その悲しみがまた新たな憎しみを生んでいる。デススパイラルとはこのことなのかもしれない。国家は人があっての国家であって、人なくして国家の存在はありえない。しかし現実は国家のエゴが独り歩きして、人の命も軽く蹴飛ばしてしまう。

移民の街ニューヨークはユダヤ系の人が多い。そして近年はパレスチナの人たちも増加している。いくつかの大学のキャンパスでもそれぞれを支持する学生たち同士の緊張が続いて暴力も起こっている。ヘイトクライムがまた再燃しそうな気配である。いつどこで代理戦争や報復のテロ行為が行われるか予断を許さない。

ニューヨークだけでなくロンドンやパリでも警戒レベルを最高に上げている。マンハッタンのユダヤ教のシナゴーグの前には警官が張り付いている。アラブ系というだけで隣人による殺人事件が起こった。平和を願う気持ちは民族や宗教などの違いからくる憎しみを凌駕できないものだろうか?日本ではこのことに何かを感じ、声を上げる人はどれだけいるのだろう?

映画「Silent Fallout」― 見えない放射線降下物

10月ニューヨーク州ロングアイランドでハンプトン国際映画祭が開催された。1992年に始まったこの映画祭は、過去にも日本人監督のドキュメンタリー作品が素晴らしい評価を受けているが、今年も日本人製作・監督の”Silent Fallout”というドキュメンタリー映画が上映され大いに話題となった。

記者会見でもその作品に感銘を受け自らナレーションをかってでたアレック・ボールドウィン氏の横にひかえめにたたずむ穏やかな表情の男がいた。私の友人なのだが、その人こそこの映画の製作者であり監督の伊東英朗氏である。

伊東氏は1993年からビデオアーテイストとして多くの作品を製作し、いくつもの作品が国内外の映画祭で受賞している。これまでに彼は執念ともいえる情熱で、マスコミなどでは紹介されない隠れた被爆という事実を長年追い続け、いくつかのドキュメンタリー映画として製作しているただ一人の日本人でもある。

ここまで言うとお気づきの方もいるかもしれないが、前回の拙文でご紹介した、葬り去られた被爆に焦点を当てたその人である。彼は、日本で話題にすら上らなかったある被爆の実態を描いた映画をすでに2作品発表している。『放射能を浴びたX年後』、『放射能を浴びたX年後2』は、ビキニ環礁での水爆実験で被爆した一隻の漁船とその乗組員の方々とは別に、同時期に同じ海域で操業していた900隻以上の漁船の乗組員が被爆していることを、初めて日の当たるところに出した作品である。

今回の第三作となった 『Silent Fallou』はアメリカ本土で実際起こった被爆の実態に焦点を当て、それをアメリカの人々に知ってもらうために英語で製作された映画である。大上段から反原発・反核というアジェンダを出していないが、隠してはならない、目を背けてはならない、忘れてはならない事実を我々に突き付けて、考える機会を促している。行動につなげてもらいたい、という伊東氏の願いが刷り込まれた作品でもある。

ネバダ州で繰り返された核実験の影響

日本で『オッペンハイマー』という映画がロードショー公開された。その映画の中で核実験を繰り返す映像が出てくる。そこがネバダ州で、1940年代から数えきれない核実験が行われたことは、今ではアメリカ人でも知る人が少なくなっている。

伊東氏の『Silent Fallout』ではネバダ州での核実験の結果、原因を知ることなく病に倒れ亡くなった人たちを紹介している。様々な核物質がネバダ州内だけでなく隣のユタ州、さらに全米(特にネバダ州より東の地域で)に拡散した。それが、その放射能汚染を疑った医師、科学者、一般市民により明らかにされたこと、さらに、太平洋で行われた多くの水爆実験の影響が世界に及ぼした事実を取り上げている。

映画の中では伊東氏自身が9年間にわたり、多くの協力者とともに全米各地で眠っていた膨大な資料やレポート、そして公開された政府の機密文書などから、核実験による国内の被ばく状況を綿密に調べていることが描かれている。被爆者とその家族、そして研究者に独自取材をして、その証言記録を映像に収めているのだ。アメリカ人にとっては、初めてこの事実に陽が当たったドキュメンタリー映画となった。

実験場から数百マイル離れた多くの住人が、突然がんや白血病などを発症し死んでいく様を遺族は克明に覚えている。そして、この謎の死の行き場のない憤りや悲しみの現実をフィルターなしにとらえている。また放射能の影響は、ネバダ州の核実験場から遠く離れたニューヨーク州や、ノースカロライナ州にまで及ぶことも明らかにしている。

ルイーズ・リター博士たちと全米の母親たちの信念とその運動 OPERATION TOOTH CLUB

この核実験による被爆が全米に及んでいることにいち早く気が付き、行動を起こしたのがミズーリ州セントルイスの女医のルイーズ・リター博士であった。彼女は医師であるご主人とともにセントルイス市を巻き込んで全米にわたる大調査を行った。

それは抜け落ちた子供の乳歯を送ってくださいというOperation Tooth Club “I gave my tooth to Science” というプログラムである。その目的は送り返されてきた乳歯を分析することによりストロンチウムなど核物質の人体への被爆を検知することにあった。ほとんどの乳歯から通常ではない値が検出され、それは乳児が飲む牛乳からくること、そして乳牛は放射能の影響を受けた植物飼料を食べているこという連鎖が判明した。

これはリポートとして政府関係機関に提出されたが、当時のアメリカ議会は共産主義の影響を受けたリポートであると糾弾し、市民にこのプログラムに協力しないように呼び掛けた。当時のアメリカは政府に都合の悪い事実は、すべて共産主義のせいであるという名のもとに葬り去ろうとしていた政治的背景がある。

子供の放射能汚染を測定するために乳歯を幼い時に提供された男性。手にしているのは乳歯提供のプログラムに参加した証明書

前述の映画 『オッペンハイマー』でも当時のアメリカがいかに共産主義を脅威に感じていたかが描かれている。しかしその被爆を知った母親たちはそういった圧力にもひるまず、うねりを起こしたことで、やがてはJ. F. ケネディー大統領の耳にも入り、核実験中止をソビエト連邦と合意を交わすこととなった。

この映画では、全米で核実験を停止した後も太平洋のマーシャル群島、クリスマス諸島(YobinaChekku)で水爆実験は続けられ、アメリカ人だけでなく、当時共同で実施していたイギリス人兵士も被爆していたことを映し出している。当時の水爆は広島型原爆の1000倍の威力といわれている。

またそれに関連して、そのあたりで操業していた日本のマグロ漁船約992隻も被爆していることを、日本の当時の厚生省は把握している(詳しく伊東氏の前作をご覧いただきたい)。そして、遠く太平洋で行われた水爆事件の放射能の影響は、少なからず全米や地球のかなりのエリアにまで影響を及ぼしている、という報告を紹介している。

伊東英朗監督と『Silent Fallout』に込めた思い

映画の紹介はこの辺にしよう。

映画祭が終わって伊東氏とマンハッタンで食事をしながら、いろいろお話をお伺いする機会を得た。私の無知な質問にも辛抱強くお答えいただいた。その抜粋を紹介したい。出来るだけ伊東氏の言葉をそのまま引用させていただいた。

前作、前々作を日本中心に300か所以上で上映したけれどまったくその反響がアクションにつながらず、何も変化を起こせなかったのに絶望した。今回の作品を制作した理由はアメリカという国が世界で起こっている放射能の問題を解決できる力を持った国だとおもったことだ。

そのためにアメリカの人々に自らが核兵器を持つ代償として、自らの健康や命が犠牲になっている事実を知ってもらいたかった。そしてその事実そのものが知らされていないことも知ってもらいたかった。アメリカで暮らす人たちに、アメリカは実験とはいえ自国に101個の原爆が落とされた国で、しかもあなたたちは自らの政府によって作られた被爆者ですと伝えたいと思った。

地球で最も大きな環境破壊は放射能だと考えている。CO2の問題も大切であるが、急務なのは放射能汚染の問題で、事実を知り行動を起こす必要があります。アメリカはそれができる国だと信じたい。だから第三作はアメリカの人にアメリカ本土において放射能汚染があった事実を知らせることに特化しました。また実際に50年前アメリカの市民、特に女性が中心となって大気圏内核実験を中止させた事実は、アメリカは出来るという信頼性の高いエヴィデンスです。現在もその影響は続いていることで、その緊急性を伝えたかった。

アメリカの核実験による被害を追いかけ始めたのは2004年です。それから10年間準備を進める中、核実験を所管したアメリカ原子力委員会の機密文書を見つけることになります。そこにはアメリカ大陸全体で放射能汚染の実態が記録されていました。当委員会が実験当時からアメリカ大陸の放射能汚染を緻密に把握していたことや、100か所を超えるモニタリングポストを世界中に設置していたことにも驚きました。彼らは当初から自国アメリカなどの広大な範囲が放射能の影響を受けることを知っていたのです。アメリカという国を強くするためにアメリカの人たちを放射能汚染していることに、大きな疑問を持ちました。一体核兵器はだれのものなのか?

資金がないため劇場での公演は出来ませんが、今自主上映が全国に広がっています。たくさんの上映予定が組まれています。また11月16日にはアメリカのセントルイス国際映画祭でも上映されます。これからも多くの方々にこの映画を見ていただき、我々が何をすべきかを考える機会になってほしい。

映画の反響と監督の苦悩

アメリカで起こったこの不幸な出来事が、戦争による原爆投下を二度も経験させられた日本の人の手によって明らかにされたのは、ある意味皮肉である。しかしアメリカの被害者やその遺族たちはこの映画によって事実を明らかにできたことに救いを感じ、また多くの感謝の言葉が監督のもとに寄せられているという。

しかし日本における反響においては、彼の言葉を借りると「上映が始まって最もつらいのは一般の人たちではなく、放射能問題に取り組んでいる活動家や専門家による映画の否定がある。映画が一部の人間の一部の被害しか描いていないというもので、ほかにも被ばくで苦しんでいる人がいるはずだということらしい。私の目的は放射能の問題に関心のなかったアメリカ人たちに広く自分たちのこととしてとらえてもらう、という一点の目的に集約した。しかしそれを許さない人たちがいる」

伊東氏はその性格から、それら否定の言葉を真摯に受け止め苦悩をにじませながらも、これからもこの活動を続けていく不動の姿勢をはっきり言いきった。彼に私は救いというものを見た。

多くのアメリカ人の協力で伊東監督の映像ドキュメンタリーは完成した

『Silent Fallout』 という作品への否定

私は伊東氏のこの作品によってどのような言葉で否定されたのか、その根拠を知らない。それゆえ否定した人々に対して真っ向から反論するつもりもない。しかし一つの作品を通して隠されたとでもいうべき被爆の事実を、ごく一部のことであれ、紹介しようとし, 膨大な時間を費やした努力をいとも簡単に否定してしまうことに、私は恐ろしさや悲しみを覚えるのと同時に、同じ方向を見ている人たちが決して一枚岩ではない危うさを痛感した。

私は核や被爆に関して、そしてその反対運動に素人といえる。確かにその道の権威やエキスパートの分析や意見は重要である。しかし素人と呼ばれる人々の心の琴線に響かなければ大きなうねりが生まれないことは、この映画で明らかだ。伊東氏がこの作品で我々に突き付けた事実は小さくても、その価値の重さは同じであり、多くの人に知ってもらうことは非常に有意義であると思う。

伊東氏のこのアプローチは、まさしくグラスルーツの理念にかなうものである。映画の中で登場する、いわゆる素人といってもいい、アメリカ人の女性医師と一部の母親たちから始まったうねりと同じ精神を持つものであると思う。

核兵器は日本にとって特別な意味を持つ。唯一の核兵器攻撃による被爆国であり、それによって数えきれない無辜の命を奪われ、まだ後遺症に苦しむ人が多く存在する国である。

また近年の原発事故で多くの市民がその放射能汚染で苦しみ、また国外にも波紋を起こしている現実がある。それゆえ、核や放射能を語ることに過敏になるのは十分理解もできる。  そのためかあえて触れないほうが無難という人も多いかもしれない。

思い出したくない過去、しかし風化させてはいけない過去がある。日本は唯一戦争による被爆国であり、その事実があるからこそ核兵器を自国で持たない。しかしながら核による抑止力は否定していない。日本はいまだ澎湃と湧き昇る原爆の犠牲になられた人々の声をしっかり受け止め、世界から核の脅威をなくす強いイニシアチブをとるべきではないだろうか。

人間と国家の関係とその精神構造

核物質を発見したことは、その時点から人間は諸刃の剣を与えられたようなものだ。

この分野の研究の当初から、大変なものを発見してしまったことにそれに携わった人たちは気が付いている。しかし戦時下という中で、それを武器とすることに踏み切ってしまった。戦時下という異常な状況で、本来の人間の本質とは矛盾することでも、国家という名のもとに大義名分を与えられると、それを検証することなく人間を破壊する方法を創り上げ、さらにそれを飽きることなく強力にすることを厭わないというのが、人間の特性にあると私は悲しい仮説を立てている。

また、過去に起きた自分に都合の悪いことや思い出したくないことに蓋をすることも特性かもしれない。昔のことに拘泥していては、進歩はありえないというのももっともであるが、それに正視して学び取ることをしなければ、それこそ進歩はありえない。伊東氏の作品で紹介された国家というものが都合の悪い事実には蓋をするということが、民主主義の番人を自負するアメリカですら起こっていたことは事実として忘れてはならない。

知る権利と知ろうとする欲求は民主主義の一つの柱

私も含め我々は、知るという権利を日々の暮らしに忙殺されている中で放棄し、自国で、世界で起きている事実を知ろうとする欲求が萎えてしまっているのかもしれない。あるいはフェイクニュースを作りやすい環境にしてしまった人間が、カオスな情報の波に翻弄され、疲弊しているのかもしれない。こんな状況を作ることは、ある独裁的な主義主張に由来する主観的願望が、客観的な国民の総意にすり替えるに有利な状況であることを自覚しなければならない。民主主義を守るためには、知る権利でだけではなく、教科書や携帯やパソコンだけでなく、自分の目で、耳で、直接知ることを努力する“義務”も必要ではないだろうか

The best prophet of the future is the past. George Gordon Byron

バイロンの言葉に“最良なる予言者は過去なり”というのがあるが、

過去の事実と対峙しそこから学ばなければ、未来は作れない。

ウオーレン・バフェットは、この言葉に対してこう言っている

我々が歴史から学ぶべきものは人々が歴史から学ばないという事実だ。

過去から学ばないのは最悪であるが、学んでも沈黙を続け、行動を起こさないのは愚かなことであるというべきかもしれない。

最後にお忙しい中、長時間にわたってお話をいただき、筆者の稚拙な質問・疑問に丁寧にお答絵いただいた伊東英朗氏に感謝したい。