燃料電池に可能性はあるのか?
その最大の理由は、インフラの整備にある。
BEVの普及を妨げている要因のひとつとして、充電施設の不足が挙げられる。これだけ世界中に電力網が張り巡らされているのに、EV用充電施設の拡充になかなか弾みつかないのである。ところが、いっぽうのFCVは水素の生産から考えなければいけないし、それを流通させるインフラはなきに等しい。「BEVのインフラ整備でもこんなに苦労しているのに、そのうえ水素の供給網まで作り上げるなんて不可能に違いない」 ここ数年、FCVの将来性について訊ねられると、私はそう答えるのが常となっていた。
しかし、今回のBMWのワークショップでは、ゼロエミッションカーをBEVだけにせず、FCVも活用したほうがインフラ整備の投資額を圧縮できるとの説明があった。かりに、現在のエンジン車がBEVに置き換えられると、莫大な電力量をまかなうために送電網を大幅に強化しなければいけなくなるが、ここで必要となる投資額よりも、BEV用とFCV用のインフラをそれぞれ用意したほうが、結果的に安上がりで済むというのだ。
このシミュレーションはドイツを想定しており、しかもBEVの台数が2000万台を越え、さらにはFCVも数100万台程度普及していることが前提となっている。このため、現在の日本にそのままあてはめるのは難しいかもしれないが、BEVだけに頼る“一本足打法”の危うさを示す一例として、耳を傾ける価値はあると思う。
さらに重要なのは、水素が、再生可能エネルギー発電の弱点を補うポテンシャルを秘めている点にある。
風力発電や太陽光発電に代表される再生可能エネルギー発電は、ゼロエミション社会を実現するうえで欠くことのできない存在だ。ところが、再生可能エネルギー発電は、発電できるタイミングと需要が生じるタイミングが必ずしも一致しないという弱点を抱えている。ところが、発電した電力で水を電気分解し、水素という形に変えてしまえば、「エネルギーの貯蔵」が容易になる。
また、電力を遠くまで送電しようとすると途中で損失が起こるため、数千kmの遠距離を移動させるのは難しいとされるが、これも電力を一旦、水素に変えてしまえば、長距離移動のハードルも下がる。
こうした特徴を生かして、たとえばオーストラリアで産出された「安価な自然エネルギー」を水素の形で輸入し、日本で活用する計画が進められている。しかも、ここで輸入された“グリーン水素”は、FCVの燃料となるだけではなく、たとえば発電事業や国際船舶事業などにも用いられる可能性がある。そして、このような幅広い水素の活用を、日本政府は「グリーン成長戦略」の一環として後押ししているのだ。
ここまで水素が再生可能エネルギーの媒介役として重要な役割を果たすのであれば、FCVの普及もあるいは可能かもしれない。そのときのために、BMWは新しいFCVの開発を進めているとも考えられるだろう。