20年以上前からの取り組みを踏まえた、ニトリグループにとってのDXとは?
当然ながら、同社はDX関連の技術やソリューションを積極的に取り入れている。例えばRPA(ロボットによる業務自動化)では、社内でロボット製作ができるメンバー(アンバサダー)を約100人育成し、3年間で740業務・年間12万人時の削減を果たしたという。また世界中から集まってくる手書き書類の読み取り照合をAI-OCR(人工知能を活用した光学文字認識)を活用し、自動化して業務効率を高めている。
しかしそれがニトリグループのDXなのか。佐藤氏は「これがDXだとは思わない」ときっぱり。また社内でも「DXを進めろ」といった言葉の使い方はあまりしないという。
経済産業省は、大ざっぱに言えばDXについて「デジタル技術を活用することでビジネスの世界観をがらっと変えること」と定義している。またデジタル化の段階を①未着手、②デジタル化(デジタイゼーション)、③デジタル化(デジタライゼーション)、④DX―と4段階に分類する。佐藤氏はこれをニトリグループに当てはめてみせる。
まず20年以上前にお客様と話をしながら手書き伝票を書き、それをファクスや手渡しで伝票を回してお客様の下に商品を配達していた。これが①未着手の状態。
次に20年ほど前に同社は販売員が接客段階でデータを入力することで、後続の商品の手配、すなわち商品を配送センターまで送り、配送センターからお客様に配達するということ、そして配達完了後に会計データにつなげることで一連の業務を自動化した。これが②デジタル化(デジタイゼーション)の段階だ。
さらに現在は、店舗の販売員だけが接客するのではなく、お客様がスマートフォンや自宅のパソコンなどを用いていつでもどこでも自分で購入確定ができ、商品説明も端末から得られる。これが③デジタル化(デジタライゼーション)の段階だ。
そして今は適切なリコメンデーション(お薦め情報の提供)によってお客様が商品を迷わないで選べる状態にする課題に取り組んでいる。まさに④DXの段階である。
経産省の定義に基づくなら、DXに到達するにはこの4つの段階を踏む必要がある。けれども「当社は①から②への移行、②から③への移行、③から④への移行、どの移行も実はDXなのではないかと考えている」と佐藤氏は言う。「いずれの移行段階でも、当社は当時の最新の技術を取り入れて、ビジネスや顧客接点ががらっと変わってきた。だから各段階ともDXだったのであり、実は当社はずっとDXに取り組んできたのではないか」というのである。
DXとはシステム内製により変化対応できる組織をつくること
業態の多様化やグローバルへの進出、規模の急拡大、あるいはデータドリブン(データ駆動)や新しいチャネルの顧客体験といった新技術を含め、刻々とビジネス要素は変わってくる。この先何が要素に加わるのかは分からない。その状況に対応するために「システムが変わったり、変えたりすることができる能力を組織が持つことがDXに取り組むということだと思う」と佐藤氏は言う。そしてそれを可能にするのが「内製化志向のIT組織」なのだと指摘する。
情報システム室が設けられた1996年以来、同社はシステムの内製化にこだわってきた。現在、ビジネス上の競争領域の8~9割は基本的に自社で内製(スクラッチ=ゼロから)したシステムで運営されているという。
商品開発から供給物流・貿易、小売り・店舗、配送、会計まで一連のバリューチェーンを形成しているが、上の図の黄色の部分(発注・調達から貿易、店舗、お客様への配送まで)が一番の競争領域であり、ここでは内製したシステムが動いている。
構造としては、基幹システムがあり、バリューチェーンの基本となるビジネスロジックが実現された上で、その上にある業務システムを刻々と変わる社会情勢に合わせてどんどん変えていく。
ではなぜ同社は内製化にこだわってきたかのか。理由は①スピード、②コスト、③柔軟性―の3点だ。実際にシステム開発は外部委託に比べて3分の1の工数で済み、スピードとコスト面で圧倒的な優位性を持つ。業務を知る社員が作るので、柔軟性の高いシステム構築もできるという。
同社ではロマンやビジョンの実現に向けて、数百人月規模のプロジェクトが何本も動いている。その他に、数人時から数人月で終わる規模のIT起案が年間200件前後ある。それらはROI(投資収益率)を常に意識しているという。
内製化を成功に導く、ITスキルとビジネススキルを兼ね備えた人材の育成
ニトリグループにとってのDXとは、生産性の向上という現状への対策、ビジネス課題への解答という未来対策について話ができる組織をつくることだという。つまりIT部門の命題はビジネスへの理解・知見や広いITスキルを兼ね備えた人材を育成することになる。
現在、グループの情報システム部門「情報システム改革室」は外部メンバーも含め400人弱で構成されている。社員はまだ半分程度だが、2倍、3倍と増やしていく計画だ。今後は①新卒、②社内配転、③外部からの中間採用―によって社員の人数を増やし、それぞれの人材の属性に合わせて、教育をしていく。
このような教育を通じて「ビジネスへの理解や知見があり、広いITスキルを持っているという両方のスキルを持った人間を育て、彼らが『どんなシステムが自社に必要なのか、今後必要になるのか』を考えながら動いていく。これがシステムを内製化する上で一番の肝になる」と佐藤氏は強調する。
組織を強化するIT人材の確保のためにデジタル新会社を設立
同社は今年4月に新会社、ニトリデジタルベースを設立した。これも組織づくりに必要だと考えたためだ。
特に外部からの中間採用では、IT人材市場において人材不足を背景に報酬が高騰し、小売業として店舗を基準に物事を考えるニトリグループは相対的に賃金水準が追い付かず、人材獲得の競争力で後れを取る。実際に応募しても報酬面が合わず入社しないケースが年々増えているという。働きやすい環境も同様で、現在のニトリグループ本体の規定ではフレキシブルな働き方はなかなか認められない。こうした問題を解消し、IT人材を確保するために新会社を設立した。6月下旬にニトリ目黒通り店(東京)の6階に目黒オフィスを開設した。
「これらを通して、中間採用の人数を採用し、組織の力を強め、それがスピードを持って会社を変え、ビジネスを変えていく。その原動力を持つ組織を持つことがニトリグループのDXの戦略の基本になると考えている」と佐藤氏は講演の最後に語った。