──AI(人工知能)は「ああすれば、こうなる」の典型だと書かれていますね。現代社会はますます予測と統御が強くなっています。

養老 スマートシティなんてまさにそれでしょう。エネルギーを効率的に利用できるとか交通事故が減るとか言われますけど、本当に皆さんそれでハッピーになると思ってやっているのか、僕は非常に疑問ですね。新しい技術の恩恵はもちろん受けていますが、それに動かされるようになっていいのかは考えどころでしょう。コロナのような事態が起きるとは、誰にも予測できませんでした。想定外の事態は必ず起こるんです。

──虫には、現代人が見習うべき点がありますね。

養老 そうですね。現代人には「なるようになる」生き方が足りないのかもしれません。実は、虫を追いかけることも「なるようになる」なんですよね。虫採りをしていると、予想がいかに当たらないかということがよく分かります。この季節にこの場所に行ったらあの虫が採れるはずだ、と思って行ってもだめなんですよ。なかなかその通りにはいきません。

──『ヒトの壁』からは、現代社会の“ねじれ”が伝わってきました。ITがどんどん高度化して「AIがすべて予測してやってくれる」社会になっていく一方で、コロナのような事態が起こって、世の中は予測通りにはいかないということも分かってきた。その中でみんなが戸惑っている状況です。

養老 その社会とのズレをずっと感じて書いてきたから、僕の本を多くの人が共感して、読んでくれたんだと思います。

──“虫側の世界”から見た違和感を書いてきたということですね。

養老 まじめに違和感があったんですよ。だから僕はまともな科学者になれなかった。科学というのは完全にAI的な思考ですからね。それが、どうしてもだめだったんです。そのストレスがモチベーションになっていろいろ考えて、『バカの壁』という本になっていった。

──予測と統御が強まるなかで、生きづらくなっている人は多いでしょうね。

養老 今の子供がかわいそうだなと思うのは、親が一生懸命設計したレールに乗せられるでしょう。社会全体が設計の上にできているから、親は子供の将来も設計しようとする。その傾向がますます強くなっています。子供の成長を、ゴール設定をした上で、プロセスは考えずに点で考えようとするんですよ。

──ゴールを点で示してしまうわけですね。

養老 本当は、面白いのはプロセスなんですよね。虫採りだって、採りに行って歩きまわっている時間こそ、一番楽しいんですから。

◎養老 孟司(ようろう・たけし)氏
1937(昭和12)年、鎌倉生れ。解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。心の問題や社会現象を、脳科学や解剖学などの知識を交えながら解説し、多くの読者を得た。1989(平成元)年『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。新潮新書『バカの壁』は大ヒットし2003年のベストセラー第1位、また新語・流行語大賞、毎日出版文化賞特別賞を受賞。2021年11月には450万部を突破し、話題を呼んでいる。大の虫好きとして知られ、昆虫採集・標本作成を続けている。『唯脳論』『身体の文学史』『手入れという思想』『遺言。』など著書多数。