養老 そうです。あの小さな体の中に、いつの間に入れたんでしょうね。ああいう生き物の機能をロボットや道具などに取り入れるやり方は「バイオミメティクス」(生物模倣)と言って、今、はやっているんですよ。虫には大いに学ぶところがあるんです。

「Ready to Fly」山中俊治+斉藤一哉+杉原寛+谷道鼓太朗+村松充、Photo by Yusuke Nishibe

──なぜあんな機能が生まれたのか本当に不思議ですね。養老さんの新著『ヒトの壁』(新潮社)を読みましたら、今の生き物は「解答」なんだと書かれていました。

ヒトの壁』(養老孟司著、新潮社)

養老 生物の世界は進化の結果、「なるべくしてなった」結論です。窓の外の木を見るとわかります。あの枝や葉のつき方や形は、長い時間をかけて木がたどり着いた「解答」です。

 変わるべくして、変わる。これは生態学者の今西錦司が唱えた進化論の神髄とも言えます。昆虫の行動を研究したファーブルは、どうして虫が今の姿になったのかを因果的に解き明かそうとしたんですが、ほとんど答えが出ていません。

──因果はないと。

養老 ときどき答えが出るんですけどね。たとえばタマムシやゾウムシばかりを狩るハチがいます。どうして特定の虫だけ狩るのかというと、解剖学的な構造に理由があるんです。タマムシやゾウムシの体には神経節が集まっている場所があって、そこを刺すと一瞬で動かなくなるんですよ。そういうやつを選んで子供の餌にしている。ファーブルはそれを見つけたんです。

 逆にファーブルが途中で投げ出した例は、なぜオスのセミが鳴くのかという話です。「メスに自分の場所を知らせている」「メスを呼んでいる」と言われるんだけど、セミには耳がありません。じゃあどこで聞いているんだ、なんで鳴いているんだと。

──聞こえてないんですね。空気の震動は感じているわけですか。

養老 感じているんでしょうね。でも、どこで感じているのか、なぜ鳴いているのかは正確には分かっていないんです。

──「なるべくしてなった」と言うしかないわけですね。

養老 だから解答です。長い時間のうちにいろいろな状況を通って虫が出した答えということです。

「予測と統御」が強まる現代社会

──養老さんは「都市社会は予測と統御を原則としている。それはよくないんじゃないかと繰り返し書いてきた」(『ヒトの壁』より)とのことですが、「予測と統御」の世界は、「なるべくしてなった」虫の世界とは相反していますね。
 
養老 予測と統御の世界というのは「ああすれば、こうなる」で動く世界です。理性の世界であり、意識の世界と言ってもいい。でも面白くないでしょう、「ああすれば、こうなる」ばかりの人生というのは。

──なにかに縛られてしまう感じはありますね。

養老 典型的なのが旅行の計画です。計画を立てるのが好きで、その通りに行って帰ってきて喜んでいる人がいます。現代人だなあと思う。旅行というのは途中で何が起こるか分からないから楽しいんですよ。それなのに、何時何分にどこに行くと決めてその通りに動こうとする。