文=鈴木文彦
392ページもある「木」の本
エルメス財団が編集者となり、一冊の本が出版された。392ページもあるこの本には、『木』というタイトルが与えられている。
木は万能の素材だ。道具や建物をつくる素材になり、燃料になり、鑑賞や信仰の対象になる。19世紀から20世紀にかけて技術革命を起こした、鉄、ガラス、コンクリート、石炭といった素材でも、木ほどの万能性はない。人間が発見した、木と同等かそれ以上の性能をもつものは、おそらく20世紀以降の石油だろう。しかし石油を相手にしても、木の存在が薄れるということはないはずだ。
だから木を語るというと、相当な話題が木に結びつけられる。
というよりも、木ってそういうものだったんだ、ということが、この本を読んでみて分かる。さまざまな視点から木が語られている。本は17パートにわかれている。つまり、少なくとも17の方向から、主にフランスと日本の識者、専門家、学者、芸術家による原稿や作品によって木が語られている。
もう少し具体的にいうと、以下のような内容がこの本にはある。
木にまつわる歴史学、哲学における木、木の生物学的・素材的特性、日本における鑑賞の対象としての、垣根としての、木の実の生産者としての、建築素材、信仰の対象としての、箸や桶といった道具の素材としての木、中世ヨーロッパで金属や石との比較で高貴な素材としての木、写真家による作品、日本の建築における木、デザインに果たす役割、震災後に石巻でDIYの公共工房としてスタートした木工家具製作会社へのインタビュー、パリ工芸博物館所蔵の道具についての考察、仏像における木、彫刻家へのインタビュー、調香師から見た木。
ひとつひとつのパートは独立していて、それぞれは長くない。内容がコンパクトに凝縮している。ひとつ、ひとつ、と読むほど、木を見るのが楽しくなる。
ちなみに、autographでワインのことも書かせてもらっている筆者としては、日本酒については語られていても、ワインにおいても重要な木の話がないのだけが不満点だ。
(フランス語版ではワインも扱っているとのこと)