エルメス財団が本を出す理由
それはさておき、この本は前述のとおり、エルメス財団が編集している。そして、この本のタイトルは『木』だけでは本当は正確ではなくて、『Savoir&Faire 木』というのが正確。Savoir(サヴォワール)はフランス語で知ること、英語でKnow、Faire(フェール)は成すこと、英語でDoにあたり、サヴォワール・フェールでノウハウとよく訳される。今回は、savoirとfaireの間に&を入れて、この2つをより、際立たせ、エルメス財団はこれをスキル、手わざと読んでいる。
エルメスは1837年にパリのマドレーヌ寺院界隈で、そもそもは馬具工房として創立している。ゆえに、オリジンは革職人の組織だ。スキル、手わざは、エルメスの根本なのである。
革を扱うには、畜産への理解、工芸的技術の修練や伝承、そして作品を造るにあたっての美意識の持ち方が求められるにちがいないからだ。そのいずれにおいても優れるからこそ、エルメスは愛され、尊敬されるブランドなのだろう。
そこに起源があるエルメス財団は、2008年に設立していて「私たちの行いが、私たちをつくる」をモットーとして、芸術の支援、生物多様性や生態系の保全、工芸的な文化の伝承、そして、社会貢献と連帯活動への支援を行っているという。エルメスのオリジンに対して首尾一貫した存在だ。
本の出版は、このエルメス財団の活動、様々な異なる職域の交流、本質的な素材(マチエール)を探求するプラットフォーム「スキル・アカデミー」の一部と位置づけられている。スキル・アカデミーには無料で参加できるセミナーやワークショップ、よりアカデミックなマスタークラスがあり、その集大成として本の出版がある。
この活動はフランスでスタートして、日本では、『Savoir&Faire 木』の出版が第一歩。フランスではすでに、2014年に「木」をテーマとしたスキル・アカデミーが開催されていて、2回目以降は、「土」、「金属」、「布」、「ガラス」と2年毎にテーマを変えて続いている。
日本においても、今回の木に続いて、他のテーマの講演会やワークショップ、そして書籍の出版が続いていくに違いない。
例えば木を前にしたときに、それをどれだけ楽しめるか、そこから何を生み出すかは、長い時間をかけて蓄積されてきた、人間の文化、エルメス財団的に言えばスキルへの理解の度合いによって変わってくる。今回の本は、専門的な知識がないと読めない、というような難解なものではない。ここで得られた視点をヒントにすることで、身の回りに当たり前にあるものへの見方に変化が訪れるのであれば、それは私たちの人生にとって素晴らしいことであり、また、エルメスの作品に触れた際の印象も変わってくることだろう。