パリで10年にわたりテーラーを営み、現地で最高峰の地位に登りつめた天才、鈴木健次郎さん。コロナ禍によって顕在化したというその理想と現実を、服飾史家の中野香織が聞き出すシリーズ。中編は、鈴木さんが当事者となった大事件について告白する。

文=中野香織 撮影協力=ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町

衝撃告白!フランスNo.1テーラー、鈴木健次郎の闘い(前編)

メゾンブランドの広告を手がけるアートディレクターや、ユダヤ人の大富豪……。確実なテクニックとセンス、そして流暢なフランス語を操る鈴木さんのもとには現地のエスタブリッシュな顧客が集い、彼らの口コミで「KENJIRO SUZUKI」の名前は広まっていった。撮影はすべて山下英介

ビスポーク業界におけるビジネスチャンスとは?

──鈴木さんはフランス以外では日本にも多くの顧客をおもちですが、この先、スーツを作るお客様を開拓するにあたり、どこの国に可能性を見ていらっしゃいますか?

鈴木 香港、シンガポール、フィリピンといったアジアの国々でしょうか。とはいえ、国というより、もっともいいお客様として想定しているのが、王族の方達ですね。パリやロンドンのテーラーは王族の顧客をもっているのが強みなのです。彼らは1着150万円くらいのスーツを、1年400着~500着くらい作ります。それでビジネスをまわしていくのが理想ですね。

──各地の邸宅にスーツを置くので、そのくらいの着数が必要になるわけですね。

鈴木 はい、ですから大きなビジネスになるのです。ヨルダンの王子は、某ブランドで1回の来店につき億単位の服の買い物をすると聞きます。王族とお店を結ぶパートナーもいて、そうした方は超高級ホテルの最上階に住んでいるなど、パリ独特の文化がありますね。シャンゼリゼ界隈を走っている黒塗りのリムジンが多いのは、だいたいそのような方達が乗っているからです。

  王族の方と繋がるには縁やタイミングが非常に重要で、一度、契約が決まれば、20年は続きます。ただ、夜中の2時に呼び出されて遊ぶということもしなくてはならないし、彼らから「ほしい」と指示されたらすぐに、どの国だろうと飛んで行かなくてはならないなど、たいへんな側面もあります。

 

パリのビスポーク業界の排他性

現在は、ネクタイやポケットチーフ、ソックスといった、パリのエスプリ溢れるアクセサリー類も手がけている鈴木さん。オンラインストアhttps://kssmparis.base.shopで購入できるので、ぜひチェックしてみよう

──縁とタイミングと根性と体力の世界ですね。そんなネットワーク力がものをいう世界で、19年もビジネスを続けている鈴木さんもなかなかすごいと思いますが。

鈴木 19年で「パリNO.1」とお客様が言ってくださるようになったのはありがたいことです。ただ、最初は苦労しました。パリでは基本、技術は見せないし教えないのです。技術の継承なんて、ない世界です。非常に排他的です。

──ええっ?! そんな世界でどうやって技術を身につけるのですか?

鈴木 目で見て「盗む」のです。試行錯誤して、失敗しながら覚えていきます。よく隠されましたよ、「見るな」っていうふうに。嘘を教えたりというのは、日常的でしたね。

──そんな過酷な環境でよくぞ耐えて技術を磨いていらっしゃいましたね。