パリで会社を経営するということ
鈴木 当時は同僚からの差別もあり大変に感じましたが、今思うと、そうやって働いているときなんてラクでした。それより何十倍も難しいのは経営です。社員のサラリーを払い、生活を安定させなくてはなりません。現在、社員が4人で、私を入れて5人、外注が3人という中小企業なのですが、その経営が難しいのです。
──たとえばどのような困難がありますか?
鈴木 経営をする上で、日々の経費がとんでもないのです。社会保険料込みで、職人さんへ支払う給料は、日本の3.5倍ほど。しかも労働時間は週35時間と短い。税理士も高く、日本の6倍ほどかかります。所得税もとんでもなく高いので、少しよい給与をもらえば50%は持っていかれます。私が1着100万円のスーツを作っていても、利益はほとんど残らないのです。
また、私には日本のお客様も多いので、当然輸出業務になります。フランスと日本両国の輸出入のルールも知らないといけませんし、会計ルールも微妙に異なります。その法律も知らないと、数年後にフランス税務署が監査に入ってきますし、それを知っている人が非常に少ないんですよね。教わりたくても機会がないので、独立してからずっと失敗しながら覚えていきました。
──LVMHの会長、ベルナール・アルノーも税金から逃れるようにフランスを脱出していきましたね。
鈴木 高額所得者は所得税が75%にもなりますので、国を出るのも当然ですよね。しかも、労働者の権利が強いので、バンバン訴えられます。うちも今、従業員から訴えられているんですよ。弁護士を立てて労働裁判をしています。
衝撃の告白! フランスはアルチザンを守らない
──ええっ?! 今日は驚いてばかりですが、裁判ってどういうことですか?
鈴木 日本からやる気のある子を呼んで、労働ビザをとってあげたりアパートの面倒をみたり生活のこまごまとしたことの面倒をみたりと、ひとりの職人をゼロから育てあげています。初期費用にも100万くらいかけます。そこまで期待をして育て上げても、長くは一緒に働けない場合もあります。そうした狭間で常に悩みと儚さを抱えています。
──数年間もゼロから育てたのに。ひどい裏切りに聞こえますが、どういったことでしょうか?
鈴木 職人として未熟なので、ゼロから育てていきますよね。できないので教えたことが、「どなられた」とか。「ほかの従業員の前で注意された」とか。職人の世界ではごく普通とされていることであったとしても、フランスではみんなの前で怒ってはいけないんです。怒るならひとり呼び出して陰で、というのが鉄則ですね。ただふたりきりで注意するとセクハラされた、と後々訴えてくる。それが男性と女性なら勿論ですが、男性ふたりであっても場合によっては問題になりますので、もうひとり証人を脇に置いとくべきだといいますね。
ふたりで話すとしてもドアは必ず開けっぱなしにして話すなど、細かく注意しないといけないことがたくさんあります。労働者の権利が日本とは比較にならないほど強い国なので、ストも年中ありますよね。ここは労働組合の力が本当に強い国なので、フランスで経営をしていくのは本当に大変だと感じます。
──労働者がそこまで強いというのも、経営者にとっては厳しいですね。
鈴木 労働裁判はあるし、コロナで70%売り上げが落ちるしで、本当に厳しいです。また、フランスは週35時間労働で、日本に比べずっと労働時間が短い。そんな中でものづくりをしていくのは、とても困難です。
従業員に残業をさせるとまた問題になるので、結果自分が代わりに働きます。オーナーが従業員の倍、働いているのですが、結果オーナーの方が、給料は少なくなる。従業員に残業させると社会保険料がとんでもなく高くなるこのシステムでは、ものづくりをする職種は絶対に回らない。特に私のように個人資本でやっている場合はなおさらですね。理不尽ですが、そういう仕組みです。当初はそんなのありえないと思っていましたが、まわりのアルチザン達も、多くの場合同じような状況に置かれています。それがフランス。
国がアルチザンを助ける方向がないので、中小のテーラー、アルチザンも消えていっていますし、今後も消えていくでしょうね。非常に残念ですが、この国は社会党なので従業員の権利がとにかく強いのです。だからいまだに大手のフランス企業はストライキばっかりやっていますよね。他国にはあまりないことですよ。