文・写真=永野広志
渋谷のIT企業でコピーライターをしている筆者が、テクノロジー企業に「それ、どうなってるんですか?」と聞いて、しくみを解き明かしていく本連載。今回は、知的財産の情報を集め、その使い方を妄想するデータベース&メディアである「知財図鑑」代表取締役の荒井さんにインタビューしました。「日本橋地下実験場」と呼ばれるオフィス兼ものづくり工房には、所狭しとテクノロジーを活かしたプロダクトが並んでおり、ワクワクがとまりません・・。
知財を集める目的とは
──「知財図鑑」は「世界を進化させる非研究者のためのデータベース」というタグラインがついています。HPを覗いてみると、知財の紹介だけじゃなくて、その活用の仕方までアウトプットしているのが面白いなと思いました。どうしてこのメディアを始めようと思ったんですか。
荒井 母体となるKonelという制作会社が、2011年のSXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)という技術やカルチャーのイベントで、テクノロジー展示をしていたことをきっかけに、技術や知財を持っている会社から相談を受けたことがきっかけでした。知財をどう使えば商品化できるか、社会の役に立てられるか、という視点で、商品アイデアを提案したのですが、企業の研究開発部の方と話していると、面白い知財を持っているのに、どう役立てていいか分からないという悩みが多かったんです。
──最初からメディアだった訳じゃないんですね。
荒井 そうなんです。それで、知財を元にして、クリエイター達とアイデアを考えて、それを商品やイベントなどのビジネスにしていくという流れに可能性を感じて「知財図鑑」という形でメディア化しました。
──知財を収集する「知財ハンター」もユニークな試みですね。
荒井 有志の方々にスラックに入ってもらって、日々情報交換しています。毎日、世界の知財情報が飛び交っているので、非常に盛り上がっていますね。
──楽しそうですね!たくさん投稿されるモチベーション設計って、どう工夫されてるんですか?
荒井 企業の研究者や大学の専門家など、知財にまつわる多様なハンターがいるので、スラック内で話しているだけでも楽しいですし、そこでハンティングした知財が「知財図鑑」に掲載されると、そこから仕事につながったりもして、ビジネス的にもメリットにつながっていきます。知り合いの会社を紹介しあったり「知財業界」とも言えるような方々とのつながりができていき、企業の研究開発部の方々からお問い合わせをいただくことも増えています。
──なるほど。メディアとしての「知財図鑑」が、価値を増幅しているんですね。
荒井 そのことによって、知財とアイデアとビジネスがつながるようになったので、他にはない取り組みとして、注目いただいていますね。
──3D食品プリンターで、ある日の気温や湿度を和菓子に変換している作品も、びっくりしました。「変換する」ことで、こんなに美しく、楽しくなるとは。
荒井 別件の打ち合わせや、実験をしに集まっている方々に、こうやって実物を見ていただけるのがよくて、そこからまた別のプロジェクトが新しく生まれたりもしています。
──こうやってインタビューをさせていただいてる今も、色々な方が出入りされていますね。ビジネスだけでもなく、クリエイションだけでもない。ミーティングだけでもなく、ものづくりだけでもない。まだ名前のついていない、場としての魅力がすごいなと思うんですが、こういう場所は意識的につくろうと考えていらっしゃったんですか?
荒井 Konelの性質によるものも大きいかと思うんですが、受注による制作だけじゃなくて、「ものづくりドリブン」な意識で、つくりたいものをつくっていく。ということを考えていますね。
──そのような「受注制作」と「自主研究」を両方できるクリエイティブ・カンパニーって、すごくクリエイターにとって理想的ですよね。でも収益的に、自主研究ばかりに時間を割けない、というのが一般的な悩みなのかなとも思うんですが、どのような考えや仕組みで、今の体制が実現できているんでしょうか?
荒井 やはり自主制作で終わらせずに、展示会に出したり、メディアとして発表したり、社会に向けて発信していくことで、うまく回っていると思います。でも、あくまで基点としては損得考えずに、欲望に忠実に、つくりたいものをつくっていくという思想が強いですね。それを妄想として、形にしていく。企画書ではなくて、イラストや小さなプロトタイプなどにしています。その際、重視しているのはスピードです。自主制作を半年とか1年とかかけてやってしまうと、やはり収益的にもモチベーション的にも落ちていってしまうものがあるので。
──なるほど。素材や技術といった知財のタネを収集する力。妄想して絵にしたりプロトタイプにするアイデアとスピード。それを社会に発表するメディア力。このスムーズなつながりが、知財図鑑にまつわるアイデアとビジネスがうまく回っている理由なんですね。実はここが個人的にいちばん聞きたかった点なので、すごく納得しました。
荒井 マーケティングや広報だけじゃなく、知財部と呼ばれるような方々と接点を持てたことも大きいですね。研究者の方々にも、自分の知財が理解されたり、世の役に立つことを喜んでいただいています。今まで、知財とクリエイターがシームレスに結びついていなかったことが、社会の損失だったんだと思います。これからは、より知財の集め方を拡げていきたいなと思い、アカデミック分野でも知財ハンターを増やしたいなと考えています。
──そういえば「卒論OPEN AWARD」という取り組みも始められていましたね。
荒井 大学時代の卒論って、ゼミや研究室の中だけで閉じてしまっていて、大学内に眠っている宝があるのでは、という考えがきっかけです。大学生のみなさまにも知財ハンターになっていただきたいなと。
──この取り組みをFacebookで知った時は、新しい事だけど、唐突に始まったな、と思っていたんですが、今までのお話を伺った後だと、まさに今やるべき事業なんだなと思いました。
荒井 学生にとって、卒論は自分に権利があるものだ、ということも気づいて欲しいなと思っています。小学生の自由研究にも注目していて、去年実施した「超自由研究アワード2020」にもその狙いがありました。「知的財産権」はなくても、知的財産としての価値はあるので、自分のアイデアの価値を自覚してもらって、世に出て役に立ったり、賞賛されたりという経験を実感していただくことが、将来的にも価値が出ていくのかなと。
──将来進んでいく道について、自覚的になる効果もありそうですね。
荒井 知的財産権の話でいうと、妄想プロジェクトという、知財をもとにしたアイデアをイラストにしたページをつくっているんですが、その中で、「妄想家」「妄想画家」という名前で、クリエイター名をクレジットしています。知財を持っていなくても、企業が実現させたい時に、知財へのお金と、アイデアへのお金を対価として支払う、ということができないかなと考えていて。アイデアの売買プラットフォームというか。
──インターネットが生まれて起業の数が爆発的に増えたように、知財もなく工場をもっていなくても、アイデアと資本が結びついていく仕組みはとても夢があっていいですね。
荒井 アイデアの価値を高めていき社会と知財が結びついていくことも、私たちがやりたいことですね。
──特に広告会社で働いていると、アイデアがフローとなって、どんどん使い捨てられていくような感覚を覚えてしまうこともあるのですが、こうしてアイデアをストックとして保持し、価値を出していけるのはとても素敵ですね。お話を伺って、色々な取り組みが一つにつながりましたし、どんな目的と動機でやっているかという点もすごく共感できました。本日は本当にありがとうございました。
荒井 ありがとうございました。どうぞ地下実験室も見ていってください。
──ぜひぜひ!