文・写真=沼田隆一

ロックフェラーセンターに展示されている像は、生活で出たアルミホイルで創作されている。日用品を作品に仕上げるコンセプチュアル彫刻家、トム・フリードマンの作品で”見上げる”というタイトル。未来への希望に向かう人間の決意を感じる

DOOMSCROLLING

 わが家の窓から見下ろすマンハッタンの街は、トラフィックや新しく建てられる高層ビルの工事現場、そして、救急車やパトカーなどからの不協和音を交えながら重奏曲を奏でている。それに加え街行く人たちの笑い声、叫び声などのソロやコーラスが入る。この街に住み暮らす人たちは、この音たちからエネルギーを与えられ、とてつもない勇気と生への渇望を感じているのだ。

 しかし、窓を見下ろしている自分自身に目を向けると、仕事のほとんどがリモートのせいもあるけれど、仕事以外でもモニターに映し出される文字や映像を追っている。もはやモニター依存症とでもいうべきか。COVID-19関連の話題、犯罪、災害など暗いニュースを追い続け、スクロールしている自分に気づき我に返る。まさしくDOOMSCROLLINGに陥っているのである。このような状況に対し、モニターの前にいる時間を減らすとか、DIGITAL-DETOXといったことを提唱し現在の状況に警鐘を鳴らす人も多い。

 

“Divided States of America”
or United States of America?

 COVID-19は全米で50万人を超える死者を出し、第一次大戦、第二次大戦、ヴェトナム戦争における戦死者合計を上回り増え続けている。また、ダウ平均は3万ドルを超えたと報じられている割には、ニューヨークは多くの失業者を生み出し、老舗の大型小売店やレストランも倒産している。人々の気持ちは疲弊し、それは蓄積されている。行き場のない怒りや葛藤は、いつ爆発するかわからない地雷となって人々の心に埋め込まれているのだ。

 そんななか目立つのは、アメリカ各地で報じられるアジア人に対するヘイトクライムの増加である。事実はどうであれ、前大統領により「アジアの一国をCOVID-19の元凶」と公然と言い放った無責任な煽動的言動は、まだ出口が見えない経済状況下に置かれてる人々が多いなかで、黒人たちよりさらにマイノリティーのアジア人への偏見・憎悪を増殖させている。

 かつて「黄禍」ということを口にしたこの国が、一民族一国家、支配民族・被支配民族といった今では色あせてきた民族国家原理からいち早く逃れ、不十分で偏頗的であっても新しい共生国家を目指す先駆者として、合州国から真の合衆国への道を進んでいるというのに。その象徴的な街であるニューヨークでもこのような事件が多発することに、この国のもつ民主主義の脆弱さを感じるのは私だけだろうか? 

 今この国をUnited States of America ではなく「Divided States of America」と皮肉る表現が存在する。ニューヨーク市はこのアジア系住民へのヘイトクライムに対処するタスクフォースを、いち早くNYPD(ニューヨーク市警察)内に結成した。しかし最近になって分かったことであるが、このタスクフォースに警察の予算はついていなかった。原因はBLM運動により、警察予算を削減した市の方針であった。現在は予算がつけられていると報じられているが。

 

春のおとずれ Ground Hog Day

 新しい大統領は、いろんな方面で大きな方向転換に舵をきった。世界へ戻るアメリカではあるが、COVID-19の対策をはじめとして環境、難民、外交・安全保障面で問題は山積している。

 バイデン大統領が就任後、アジア諸国の首脳との電話会談で日本がトップバッターとなった。アメリカの盟友といわれる日本は、グローバリズムの渦にどのように対処していくのだろうか? こちらのマスメディアではあまり取り上げられる話題がないのか、新しい首相が就任したのに”日本の顔”がなかなか見えてこないと感じる。これは私だけだろうか? 

 アメリカにおけるCOVID-19の感染者数は日本に比べ、圧倒的に多いし死者数も相当である。人口当たりの感染者数の割合もかなりの差がある。ここに多民族共生国家を目指すなかでの感染と、その対策に関するリテラシーが低いことも要因の一つではないだろうか。しかしそんななかでもニューヨークの感染状況は感謝祭・クリスマスでの人の移動による感染ピークを乗り越え、かなり落ち着いてきたようだ。

コロナ検査キットの自販機。唾液をラボに送って結果が48時間で知らされるけれど、119ドルと高い

 寒く雪の多かったニューヨークも春の訪れとともに、明るい話題も増えてきている。まず3月初頭、3種のワクチンを緊急使用することが可能に。大統領命令での増産も始まり、国民すべてに必要な量は確保できると発表された。医療従事者、高齢者などへの接種が進んでいる。また州政府は、飲食店従業員やタクシーの運転手などにも接種を広げる動きをしている。日本の医療体制と違い、街のドラッグストア(インフルエンザワクチンの接種などは、普段からドラッグストアで資格のあるスタッフが行っている)、スポーツアリーナなどの施設を利用して接種ができるようになり、いくつかの施設は24時間体制にするとも聞く。

 COVID-19のテストやワクチン接種はアメリカにいるすべての人が無料で受けられ、不法滞在者もその対象である。おそらくは集団免疫を早く作る目的もあると思う。日本はしきりに副反応のことがニュースに取り上げられているようだが、こちらのマスメディアはほとんど報じていない。

 セントラルパークのラッパ水仙が咲くとニューヨーカーは春を感じる心が弾む気がするが、おなじように街中でも心が晴れる光景を目にする。しばらく店内飲食は禁止されていたが、陽性者数がさがってきたことからニューヨーク市はバレンタインデー前に入店人数を25%に限定し再開。2月末には35%になった。ニューヨーク市以外では50%までなっているところが増えている。テラス席も引き続き使用が認められ、人々は外食を楽しめるようになってきている。コージー・キャビンと呼ばれる小さな温室のようなものを店外に作り、プライヴェートな空間を作り出している。

レストランのテラス席が建物と化している
ヴァージョンアップしたレストランの屋外席。温室のような空間でプライベートな食事の時間を提供するコージー・キャビン

 また、アリーナでの観戦も10%ながら入場が認められた。NICKSやNETSを応援するファンにとっては朗報である。さらにいよいよ映画館も3月5日より、収容人数の25%で最大1スクリーン50人を限度ではあるが再開。ワクチン接種の拡大と感染者数の減少が続けば、今やゴーストタウンに近い状態のブロードウェーの劇場やコンサートホールにも、観客が戻る日がそう遠くないだろう。

 

ジェンダーを意識改革

 首相経験者であり、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の元会長による、女性に関する発言が日本に対するイメージを失墜させた。まだまだ日本は真の先進国とはいえない。人種差別や性差別に関して敏感に反応するこの国にいると、残念ながら母国からは「差別問題」に向き合っている真摯な姿勢を感じない。これは、私が鈍感だからではない。

 バンドエイド的な問題の処理ではなく。根本的な意識変革ビジョンを持たない限りまたこのような問題は起こるだろう。ニューヨーク州知事からセクシュアルハラスメントを受けたと訴える数人の女性が出現した。COVID-19の危機を乗り切って高く評価されていたクオモ知事も世間の厳しい批判の的にある。事実関係を調査されることとなり、政治生命までも危惧されている。この国はこの種の問題には即敏感に反応し、嫌疑のかかっている人物が誰であろうと当然のことながら手厳しい。

 2020年度『フォーブス』誌の”もっとも影響力のある女性100人”の1位はドイツのメルケル首相であった。そしてアメリカのカマラ・ハリス副大統領、台湾の蔡英文総統やニュージーランドのジャシンダ・アーダ―ン首相と続く。が、日本は小池百合子東京都知事が63位に入っているだけだ。これからいったい何人の日本人女性がランクインするのだろうか、それは政府や社会の女性進出に関する意識改革にかかっている、と思う。

 

オリンピックの意義

 オリンピック開催まで数か月に迫っている。が、まだまだ越えなければならないハードルは多い。こちらのメディアで東京オリンピックの報道を目にすることは残念ながらない。そんなことには気が回らないというのがこの国の実情であろう。スポンサーとしてIOCにも影響力のあるテレビ局NBCですら、自局の放送で触れることはない。選手、役員、そして海外からの観客の受け入れがどうなるかが決められていない現状では、報道のしようがないのかもしれない。が、少なくともこちらの人々がオリンピックを話題にすることまったくはない。

 このような状況であっても参加予定のアスリートたちは、自身のパフォーマンスを開催時にピークにもっていくために、われわれの想像を超える大変な思いをされていることを考えると複雑な気持ちになる。近代オリンピックの創設者、クーベルタン男爵の「オリンピックは参加することに意義がある」という有名な言葉があるが、開催することに意義があると大勢が言えるような大会になるのか見守っていきたい。

最近ニューヨーク市内で映画やTVドラマで使うロケーション用のトラックを見ること多くなってきた

春の足音

 弥生。ニューヨークの3月初旬は、街を歩くにはコートが手放せない。だが街の空気や降り注ぐ陽射しは、確実に春の訪れをニューヨーカーの心に届けている。バイデン大統領は大統領宣誓式のスピーチにおいて、聖書の一節を引用した。この言葉を毎日反芻しながら心の春の訪れを待ちたい。

Weeping may endure for a night, but joy cometh in the morning.

夕暮れには涙が宿っても朝明けには喜びの叫びがある。(詩編30:5 新改訳2017)