旅先でどこに泊まるかは、その旅自体を大きく左右するほど重要だと思っている。寂れたモーテルもアメリカっぽくて大好きなんだけど、今回の旅で選んだのは、エアビーアンドビー。まるでその街の住人になったかのような、不思議な滞在経験だったのだ。
文=櫻井 卓 写真=飯坂 大
エアビーでヨセミテに住む
フカフカのキングサイズベッドで目を覚ましたとき、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。広々としたベッドルーム。壁には鹿の頭。
そうだった。僕はいまカリフォルニアのヨセミテ国立公園にいるのだ。より正確にいえば、ヨセミテからクルマで40分ほどの場所にある、エアビーアンドビー(Airbnb)にいるのだ。
その前日まで、テント・食料など生活用品一式が詰まったバックパックを背負い、北ヨセミテエリアのウィルダネス(手つかずの荒野)を1週間かけて歩いていた。ここから数日はのんびりとヨセミテ周辺で過ごす予定にしていて、いつものキャンプ場ではなく、ちょっと奮発してエアビーアンドビーを予約していたのだ。
ご存知の方も多いかも知れないけど、エアビーアンドビー、通称エアビーはいわゆる民泊と呼ばれるもので、ホストが自分の持ち家などを貸し出すシステム。いろんなパターンがあって、普通にホストが暮らす家の1室のこともあるし、一棟まるごと借りられる物件も多い。ちょっと変わったところでは、大型のヨットや、お城を借りたりもできてしまうのだ。今回僕らが借りたのは、1棟まるごと。3ベッドルームで、素敵な庭がついた典型的なアメリカンスタイルの平屋だ。1泊3万円ほどだけど、3人で泊まったので1人1万円ほど。家の豪華さからすれば、だいぶ格安感がある。
小さな街でローカルに紛れ込む
そこを拠点に、昼はヨセミテ国立公園内をゆっくりと見てまわり、夜にはオークハーストというスモールタウンに繰り出した。
アメリカには、こういう名前すら聞いたこともないスモールタウンがいくつもあるんだけど、その雰囲気が抜群に良い。1本のメインストリートには、ガスステーションがあって、ステーキ屋さん、メキシコ料理店、アンティークショップ、スーパーなどが並び、唐突に街が終わる。
オークハーストも丁度そんな感じの典型的なスモールタウンで、いくつかの個人商店を冷やかし、夕食は地元のステーキハウスで、ローカルに混ざって食事をした。
まずはバーカウンターでお酒を注文していると、いかにも“俺の特等席”とでもいうようなカウンターの隅に座っていた老人が話しかけてきた。
「見ない顔だけど、どっから来た?」
「日本ですよ」
「ほほぅ、そりゃまたえらい遠くから来たな。なにもない街だけど、ゆっくりしていきな。もしなにか困ったら、俺はだいたいここにいるから、いつでもおいで」
こんな、他愛もない会話が成立するのも、いわゆるここが田舎だからだろう。都会の住人はそこまで旅行者に対して気安くない。
そして最終日には、街にあるオーガニックのスーパーで食材を買い出してから、エアビーに戻り、みんなで料理を作った。大きなラムチョップを豪快に焼き、ワカモレを作り、大盛りのサラダ。わずか4日間の滞在だったけど、まるでそこに暮らしている住人になったような、不思議な感覚を味わえた。
ホテルと違って、そこにはおもてなしもないし、きめ細やかなサービスもない。でも、だからこそ我が物顔で、まるでその家の主になったような感覚を味わえる。エアビーに泊まると言うことは、そういう種類の贅沢を味わえるということなのだ。