ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&シニア・パートナーの平井陽一朗氏(撮影:酒井俊春)

 戦略コンサルティングのパイオニアであるボストン コンサルティング グループ(BCG)では、デジタルテクノロジーの専門家集団「BCG X」を組織して、企業に対するDXや新規事業創出などのイノベーション創出支援を強化している。日米の大企業、スタートアップで数多くの新規事業立ち上げを経験し、現在BCG Xの日本を含む北東アジア地区リーダーを務める平井陽一朗氏に、同社が描くDXの課題解決シナリオを聞いた。

総力特集「大変貌!DXパートナー企業の“今”」
DXを進める上で欠かせないのが、コンサルティングファームやITサービス企業といったパートナー企業の存在だ。今、そのパートナー企業たちが変貌しつつある。DXを支える側の企業は今、何を考え、どう変わろうとしているのか? 各社の特徴はどこにあるのか? 主要各社の責任者をインタビューしていく。

第1回 NEC 
第2回 NTTデータ 
第3回 電通グループ 
第4回 ベイカレント・コンサルティング 
第5回 KPMGコンサルティング 
第6回 日本IBM 
第7回 EYストラテジー・アンド・コンサルティング 
第8回 アビームコンサルティング 
第9回 TIS
第10回 PwCコンサルティング 
第11回 デロイト トーマツ コンサルティング
第12回 アクセンチュア
■第13回 ボストン コンサルティング グループ ※本稿
第14回 NTTコミュニケーションズ
第15回 BIPROGY
第16回 日立製作所
第17回 富士通
第18回 KDDI

大胆な勝負ができない日本企業の構造問題

――日本企業のDXが後れをとっている、あるいは進みが遅いと言われる理由はどこにあると思いますか。

平井 陽一朗/ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&シニア・パートナー

高校を卒業するまで米国で過ごす。日本の大学卒業後は三菱商事に入社。2000年にボストン コンサルティング グループ(BCG)に入社し、通信業界の顧客を担当する。その後ディズニーに移りCSチャンネルやVOD事業に携わる。オリコンCOOを経てザッパラスにて社長に就任。2012年再びBCGに戻り、BCG Xの前身であるBCGデジタルベンチャーズの創設をリード。現在BCG Xの北東アジア地区リーダーを務める。

平井陽一朗氏(以下敬称略) 日本企業の取り組みが全体として後れているとは必ずしも思いません。DXに関してはコロナ禍がある意味追い風になり、リモートで仕事をするためのセキュリティや社内オペレーションのデジタル化、稟議書類の処理などを、危機感のなかで各社が前進させてきました。

 DXという言葉自体は、バズワードとして消費され、いまではあまり使われなくなっていますが、バズワードとしてみなが注目したことで興味を持つきっかけになったり、カンフル剤になったりするメリットもあったと思います。

 ただ、日本の大企業の一部でDXの進みに後れがみられることは事実です。そもそもDXは、これをやったら完成というものではなく、終わりのない長期戦です。そのため、進みが遅い企業は、速い企業からどんどん引き離され、差は開く一方です。

――なぜ、進みが遅い大企業が出てきてしまうのでしょうか。

平井 一番大きな理由は、意思決定が遅いことです。大企業ではいまだに一つの意思決定をするために稟議書を回したり多数の人の承認が必要だったりします。これは大きな課題です。

 それと関連しますが、企業の中核を担うマネジャーが持つ権限が小さすぎることも問題です。売り上げ数千億円の大企業の中核を担っている部長でも、決裁権限は1000万円以下というようなケースは珍しくありません。もっと大きな決断ができるようにしないと、スピーディーに仕事を進めることはできません。

 以前、意思決定と企業成長の関連性について調査したことがあります。TOPIX100の構成企業について、オーナー企業か否か、それぞれの企業の過去20年の時価総額の成長率を調べてみました。結果は、オーナー企業のほうが圧倒的に高い成長率を実現していました。社長の権限が大きく、意思決定が速いことが主な要因と考えられます。

 また、オーナー社長の場合は別ですが、大企業の社長は平均的な任期が4年~5年と短いことも、改革を進める障害になっています。社長だけでなく管理職も短期間で異動するケースが多いため、大きな勝負をかけるときに長期間腰を据えて戦うことができません。

 これらの背景に、日本企業の経営層は長期的なインセンティブ、つまり株式での報酬が付けられているケースが非常に少ないことがあります。そのため、どうしても近視眼的な守りを重視してしまいがちです。こうした根本的な問題が日本のDXの進みを遅らせていると危惧しています。

――では、オーナー経営ではない企業は、どこからDXに手を付ければいいのでしょうか。

平井 構造的な課題はあるにせよ、改革は全社で進めなければいけません。ターゲットを決めるにあたり、「コア領域の既存事業」「コア領域の新規事業」「周辺領域の既存事業」「周辺領域の新規事業」の4つに分けたブロックで企業に説明しています。

 このうち、「周辺領域の新規事業」は、スタートアップのスピードにはかなわない部分です。ここは無理に追わず、必要に応じてCVCの活用やM&Aなどで対応するほうが得策です。一方、「コア領域の新規事業」は、自社の屋台骨を壊す恐れがあるため、注意すべき領域です。一例として、リクルートが米国のIndeed(インディード)を買収した件は、自社のコア事業を脅かす存在を取り込む、素晴らしい経営判断だったと思います。いずれにしても、新規事業の立ち上げでは、大企業のスピードの遅さがネックになるため、社内だけで推進しようと考えないほうがいいと思います。

 つまり、自社がまず着手すべきDXは、「周辺領域の既存事業」「コア領域の既存事業」ということになります。「周辺領域の既存事業」は本来大企業が最も得意とする新規事業のはずです。例えば、何百万人もの顧客との接点を活用して何か別のものを売ることも十分新規事業です。通信会社がもっている電話料金回収代行事業をインターネットサービスやEコマース等の事業に活用して展開する、または配車代行サービスがシステムと顧客基盤を使ってフードデリバリーサービスを展開するなどの事例が分かりやすい例でしょう。また、私たちが「リ・エンジニア」と呼ぶ「コア領域の既存事業」は、すでに売り上げ規模の大きい大企業にとっては、取り組むことによるインパクトも大きい。よって社内のリソースを使い、内製化により進めるべき領域です。