何もかもがインフレする状況に人手不足と賃金上昇が加わってセルフレジの導入が広がっているが、物価高騰に賃上げが追い付かず実質賃金が低下している消費者は不満が鬱積しており、「未スキャン」(パス・アラウンド)など万引きの衝動に駆られる人が増えている。このままセルフレジやレジレスを拡大して大丈夫なのだろうか。

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■貧困化する日本で、このままセルフレジやレジレスを拡大してよいのか(本稿)

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セルフチェックアウトの労働転嫁とシステム不備が不正を招く

 平山幸江さんの米国レポートによれば、固定式セルフレジ(スマートカートと対比したカウンター型)での万引き率は1%にも及び、約20%の人がセルフレジで万引きした経験があるとの調査結果もあり、セルフレジの増設をやめたり撤廃する小売りチェーンも出てきていると報告しているが、米国だけの事情とは思えない。

 カリフォルニア州やテキサス州のように、暴力行為を伴わず平然と行われる少額の窃盗行為は軽犯罪扱い(罰金はあるし前科があれば拘禁されるが)になって警察の取り締まりが期待できないという米国の特殊事情はともかく、セルフチェックアウトのシステムが不完全で容易に不正ができる以上、さまざまな事情や不満を抱えた顧客が経済的あるいは精神的な誘惑に負けて万引きするケースは一定比率、覚悟しなければならない。

 わが国の消費者も2019年10月の消費税増税、2020年7月のレジ袋有料化、2022年来の値上げラッシュで小売店への不満が鬱積しており、購入商品のピッキングと持ち帰りの労働負担に加えてセルフスキャンやセルフ精算の労働転嫁(コスト転嫁でもある)に嫌悪感を持つ人たちも決して少数派ではない。さまざまなキャッシュレス決済や共通ポイントの手続きに戸惑うストレスも鬱積しているかもしれず、店側の些細なミスに激昂したり万引きの誘惑に落ちる顧客が一定数出てくることは推察に難くない。報道によれば、セルフレジやスマートカートで先行するトライアルカンパニーでは2023年5月に判明した万引き被害の8割超がセルフレジで発生しており、マニュアルを作成して積極的に声掛けするようになって未精算通過件数は25%減ったという。

 10年近く前のデータになるが、2014年の米チェックポイントシステムズの調査では世界24カ国の不明ロス率は0.83%~1.70%で平均は1.29%。うち顧客の万引きは39%、従業員による盗難は28%、サプライヤーによる不正は13%、管理上のミス/犯罪以外のロスが21%。日本の小売業における不明ロス率は売上比0.97%と世界で2番目に低いが、2010年調査の0.585%から大きく上昇していた。

チェックポイントシステムジャパンのリリースより
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 近年では全国万引犯罪防止機構が2018年6月に公表した報告書で小売業平均の不明ロス率を売上比0.42%、うち万引きロスを56.4%(売上比0.24%)と集計しているが、これまで12回の調査票集計結果は年度や業種によってばらつきが大きく、2007年の集計では万引きロスが売上比0.47%とチェックポイントシステムズの調査結果に近かった。

 セルフレジの普及やレジ袋有料化で近年の万引きロスは増えていると推察されるが、スーパーマーケット業界3団体が公表している『2023年スーパーマーケット年次統計調査 報告書』では防止策のアンケートだけで具体的なロス率は集計していない。

 世界の経済発展から取り残されて実質賃金が低下し貧困層が拡大するわが国の世情では性善説に依存するのはもはや非現実的で、セルフチェックアウトシステムの不備を解消していくしかないが、セルフレジシステムもレジレスシステムもいまだ不完全でさまざまな課題を抱えている。