中世・戦国の城=土の城、近世城郭=石の城ではない?鎌倉幕府滅亡の遠因ともなった、日本の城の主流が土の城の理由 大坂城の高石垣 撮影/西股 総生(以下同) (画像1/14) 肥前名護屋城の崩れた石垣 (画像2/14) 北条氏照の居城だった八王子城。発掘調査に基づいて修復整備された御主殿の通路 (画像3/14) 岡山県・鬼ノ城(きのじょう)。水門周辺に残る精緻な石積遺構 (画像4/14) 福岡市・生の松原に残る元寇防塁。画面奥の高い石塁は修復されたもの (画像5/14) 静岡県三島市の山中城は戦国末期に北条氏が築いた巨大な土の城 (画像6/14) 高田城(新潟県)は巨大な土造りの近世城郭だ (画像7/14) 埼玉県の小倉城。岩盤を割って得た結晶片岩を積み上げている (画像8/14) 北条氏邦の居城として知られる鉢形城(埼玉県)。城の直下を流れる荒川の川原石を城内の各所に利用している (画像9/14) 山梨県の湯村山城。こんな山では土を掘るより石を積んだ方が早い (画像10/14) 姫路城。高く聳える石垣に載せた重量建物は、軍事学でいうところの「障碍と火力」を具現化したものだ (画像11/14) 西条陣屋(愛媛県)。豊臣大名の一柳氏が寛永13年(1636)に3万5千石で築いた陣屋は、土塁造りである (画像12/14) 松本城。現存天守で知られる松本城も本丸以外は基本的には土塁造りである (画像13/14) (画像14/14) 中世・戦国の城=土の城、近世城郭=石の城ではない?鎌倉幕府滅亡の遠因ともなった、日本の城の主流が土の城の理由 この写真の記事を読む