(写真左) ジャパン・クラウド CEO アルナ・バスナヤケ氏
(写真右)メルカリ 執行役員CIO 進谷 浩明氏
※どちらも肩書は2025年取材時点

 今や企業のIT活用は「経営戦略の最重要事項」といっても過言ではない時代になっている。こうした状況下で、社内のITリーダーはどのような視点を持つべきなのか。本連載では、CIOをはじめ、ITの分野から企業変革を推し進めるキーパーソンの考えに迫っていく。

 今回話を聞いたのは、メルカリ 執行役員CIOの進谷浩明氏だ。2025年5月、メルカリは「AI-Native」な会社への転換を宣言し、AIを前提に全社の業務を再構築する取り組みをスタートした。その改革の推進部隊として、社内から100名を超えるメンバーが選出された横断組織「AI Task Force」が立ち上がり、その中で進谷氏はコーポレートITおよびバックオフィスの変革をリードしている。これらの取り組みでメルカリが目指す未来はどのようなものか。海外SaaS企業の国内進出をサポートするジャパン・クラウドCo-Founder兼CEOのアルナ・バスナヤケ氏が聞き手となり、進谷氏に話を聞いた。

日本とアメリカのCIOにおける「違い」とは

アルナ・バスナヤケ氏(以下、敬称略) 進谷さんは、前職の楽天でシリコンバレーに赴任し、アメリカ地域のコーポレートITをリードされていました。その後は、楽天の日本本社でグローバルITのマネジメントに携わり、2023年10月からメルカリのCIOを務めています。アメリカと日本でITリーダーを務める中で、明確に感じた“違い”はありますか。

進谷浩明氏(以下敬称略) 最も強く感じた違いは、「情報の流れの速さと濃さ」です。シリコンバレーで勤務していた頃は、そこにいるだけで自然と最新のテクノロジーの動向が耳に入り、業界全体の潮流を肌で感じることができました。例えば、「Zoom」や「Okta」、「CrowdStrike」といったソリューションは、日本で一般的になるよりずっと前に、シリコンバレーの企業が漏れなく導入を進めていました。そのスピード感に触れることで、「世の中が大きく動いている」という実感を得ることができました。

 一方、日本では積極的に情報を取りに行かない限り、こうした動きを初期段階でキャッチするのは難しい現実があります。だからこそ、私が今CIOとして意識しているのは、「外の情報をどう取り込み、自社に生かすか」ということです。情報感度の高さと、得た情報を生かすスピードへの意識が、日本企業の競争力を高めるポイントになると感じています。ジャパン・クラウドさんのラウンドテーブルに定期的に参加させていただいているのも、主にそうした目的からです。

アルナ ありがとうございます。ジャパン・クラウドは、海外で加速度的に成長しているSaaS企業の日本展開を支援しています。最先端のテクノロジー企業と日常的に接している立場から、ラウンドテーブルでは海外の最新トレンドや実践的な事例をCIOの皆さまに共有しています。最近では、日本のCIOをシリコンバレーにお招きし、現地のリーダーとの対話やネットワーキングを通じて知見を深めていただく「CIO Silicon Valley Executive Program」も提供しています。

進谷 海外の実態に触れる機会をつくるのは、非常に有意義ではないでしょうか。国内だけを見ていると、新しいテクノロジーやビジネスモデルの動きをキャッチするタイミングが遅れるリスクがあります。私も、グローバルIT企業とコミュニケーションを取る際には、日本法人だけでなく、なるべくグローバル本社と直接話すようにしています。なぜなら、本社とやりとりすると新たな情報が出てくる可能性があるからです。

アルナ その通りだと思います。私たちも、海外のリーダーと対話を重ねる中で、最新のテクノロジーや経営の考え方に直接触れることの重要性を感じています。そうした知見を日本企業の皆さまに還元していくことが、私たちの使命の一つだと考えています。

 ちなみに、進谷さんはこれまでのキャリアを通じて「CIOの役割」をどう捉えていますか。

進谷 先ほどお話ししたように、シリコンバレーでは、次々に現れるテクノロジーを迷うことなく試し、スピーディーに業務へと取り入れる文化を体験しました。一方、日本では、グローバルに広がる組織を安定的にマネジメントし、成熟した仕組みをいかに揺るぎなく運営するか、その重みと難しさを学びました。両極の環境を歩んで痛感したのは、CIOとは「安定と変革の両方を担う存在」だということです。守りと攻めを両立するとも言えるでしょう。

 守りの観点では、社内ITの信頼性向上やセキュリティーの担保が欠かせません。攻めの観点では、生成AIといった新しいテクノロジーを積極的に取り入れ、業務やビジネスモデルの変革をリードしていく必要があります。この両輪を回すことが、CIOの真価を決めるポイントではないでしょうか。

アルナ その実現のために、心がけていることはありますか。

進谷 メルカリでの私の役割は、どちらかというと「守り」の部分が大きいと言えます。だからこそ、日頃から「攻めの姿勢を忘れない」ことを意識しています。例えば、中長期のビジョンや目標を設定する際は、なるべく大胆な、攻めに振り切った内容にするように心がけています。

 これらを行うためには、やはり世界の最先端を知っておくことが重要になります。今グローバルで何が起きているのか、その最前線を把握しているからこそ、攻めの未来図を想像できるのです。

「小さく始めた」ことで生成AI活用が加速

アルナ メルカリでは、生成AIの活用にも力を入れています。どのような取り組みを行い、どういった成果が出ていますか。

進谷 当社では、早い段階から生成AIを業務に組み込む活動を進めてきました。一例が、社内問い合わせ対応を自動化する生成AIチャットボットです。経理や人事といったコーポレート部門には、日々膨大な問い合わせが寄せられており、対応負荷の増大や、回答までに従業員の待ち時間が発生することが大きな課題でした。そこでRAG(検索拡張生成)を活用し、「ServiceNow」や「Confluence」、「Slack」といったツールのデータ、ナレッジを統合した回答をAIが生成できるようにしたのです。Slackアプリとして実装したことで社員に浸透しやすく、問い合わせ工数を約65%削減し、従業員の待ち時間も50%短縮させることができました。

 さらには、問い合わせ応答にとどまらない次世代型の取り組みとして、自律型AIエージェントを活用した仕組みも構築しています。例えば、ユーザーが「GitHubのライセンスをください」とSlackに投稿すると、承認フローから付与までを自動完結させることができます。今年(2025年)の3月に導入し、徐々に利用範囲を拡大しているところです。

アルナ 生成AI導入の初期は、さまざまな苦労があると思います。このフェーズで壁に当たり、その後の進捗が遅れるケースも少なくありません。メルカリでは、どのようなことを意識して生成AI活用を進めましたか。

進谷 社内業務向けに生成AIを導入し始めた当初、私たちが憂慮したのは、社員のAIに対する期待値が「何でも答えてくれるアシスタント」になりがちな点でした。しかし、AI活用の範囲を最初から広く取りすぎると、大量のデータやナレッジを投入することになり、検索効率や精度が落ちる懸念があります。当時はまだ試行錯誤の段階でしたから、小さく始めて小さく成功させることが重要だと考えました。むしろ、それが後の“大きな成功”の鍵になると捉えたのです。

 そこで、まずはAI活用の対象範囲を問い合わせ対応に絞り、その上で、問い合わせのFAQ比率や社内ナレッジ (規程やガイドライン) の整備度合い、人手対応への切り替えの容易さなどを指標化し、スコアが高い領域から段階的に導入することにしました。その結果、現在は70まで導入の領域を拡大することができています。

アルナ 素晴らしいですね。一方で、日本企業は各部門がサイロ化する傾向があり、ひと口に問い合わせ対応といっても、管轄部署ごとに手順が違うなどの問題も生じやすいと感じます。これらへの対策は何かされたのでしょうか。

進谷 まさに、社内問い合わせのワークフローは部署ごとに異なっており、AIを活用する上での課題でした。これに対しては、「受付→意図解釈→ナレッジ検索→回答生成→回答の“確からしさ”に基づく分岐→クローズ」という共通フローを定義し、導線を整理して、問い合わせ時の混乱や手戻りを減らしました。また、複雑すぎる問い合わせについては無理に完全自動化せず、人に引き継ぐ「Human in the loop」の設計にしています。

※AIなどで特定のプロセスを自動化する際、人間の判断や介入を意図的に組み込み、品質や安全性を担保すること

「AIを前提に業務を再構築する」取り組みを開始

アルナ さらにメルカリでは、2025年5月から「AI-Native」な会社への転換を宣言しています。どのような意味なのか、詳しく教えてください。

進谷 「AI-Native」な会社とは、「AIを導入する企業」にとどまるのではなく、全ての業務やサービスを「AIを前提に再構築する」という意味です。まずは全社の業務を棚卸しして、AI前提でつくり直そうとしており、これらの取り組みをリードする横断組織「AI Task Force」が立ち上がっています。これは約100人規模の組織となっており、そのうち約半数がエンジニア、約半数が各部門のプロジェクトマネージャーです。

 業務を棚卸しした後、再設計する部分は主に業務部門側が担当し、その際のAI活用や現場への実装をエンジニアがサポートします。

 こうした動きに合わせて、私が担当しているコーポレートITとバックオフィスDXの領域では、AI-Nativeに向けた中長期のビジョンを策定しました。「すべての時間を価値に変える ~Zero Noise, Full Value.~」というものです。

 先ほど、AIの社内問い合わせ対応によって65%の工数削減、50%の待ち時間解消という成果をお話しましたが、裏を返せば、それだけ生産性向上の余地があったと言えます。このビジョンには、そうした「余地」すべてを価値あるものに変えよう、すべての時間を価値あるものの創造に充てようというメッセージが込められています。「Zero Noise, Full Value.」というコンセプトも掲げており、価値の創出を妨げる業務の“ノイズ”をAIでゼロにすることを目指しています。

 例えば、社内システムや端末のトラブルで生じるロスもノイズに含まれます。これらをAIが検知して自動修復する、あるいは、万が一トラブルに見舞われたとしてもAIエージェントに依頼すれば自動的に解決してくれる、そういった世界観を実現していきたいのです。もちろん、ノイズをゼロにするのは簡単なことではありません。しかし、先ほどお話したように、中長期のビジョンは“攻めに振り切る”ことが大切であり、だからこそ大きな目標を掲げています。

アルナ 素晴らしい徹底ぶりですね。一方で、日本のCIOからは、AIに関するROI(投資対効果)についての質問をよくもらいますが、進谷さんはどう考えていますか。

進谷 これは簡単には答えが出ない問題です。というのも、10年後、20年後にAIがどれだけの効果をもたらしているかは、現時点では誰にも予測できないからです。仮に、AI活用の土台としてデータ整備のシステムを導入したとします。今の状況をベースにすると、投資に見合う効果が出るまでに5年はかかるかもしれません。しかし、そのシステムを導入してデータを整えたことで、10年後にはAIエージェントが想像もできない作業を担えるようになっている可能性もあります。ROIを測ることは大切ですが、それだけにとらわれると機会損失になるかもしれません。

 経営はサイエンスとアートの融合であり、データに基づく判断(サイエンス)と、未来を見据えた想像力(アート)の組み合わせが重要です。サイエンスの視点では、ROIの数値からAI投資を迷うこともあるでしょうが、アートの視点で未来を想像すると、AIにベットする意味が出てくるとも言えます。これはインターネットが登場した時の状況に似ていて、当初はインターネットの価値を疑問視する人もいましたが、今やインターネットは全産業を飲み込み、あらゆるビジネスドメインで変革をもたらしています。

 同じことがAIで起きる可能性は十分にあります。例えばコーディング支援の「Cursor」というプロダクトを開発した米Anysphere社は、驚くほどの少人数で、AIをフル活用して大手IT企業に負けない品質のプロダクトを生み出しています。人というリソースをAIで補うという側面もありますが、重要なポイントは、早いサイクルで開発を回すことができる小さな企業のメリットを最大限に生かしている、という点です。プロダクト開発におけるこのような変革はグローバル規模で起きており、企業の規模の優位性が逆に足かせとなる可能性さえあります。メルカリはこのパラダイムシフトとも言える変化に危機感を覚えており、だからこそ、AIへの積極的な投資を進めています。

CIOの活躍が、現代の企業成長に直結する

アルナ 進谷さんと同じく、AI活用と向き合っている日本企業のCIOはたくさんいます。何かメッセージはありますか。

進谷 AI/LLM(大規模言語モデル)の登場により、CIOの重要性はこれまで以上に高まっています。AIには働き方を大きく変える力があり、その可能性をどう業務や組織の変革につなげていくかが私たちの使命だと思います。この挑戦は企業の成長に直結するものであり、CIOはその中心で力を発揮できる立場にあります。ぜひ他のCIOの皆さんと共に、このAI時代の変革を進め、日本企業の未来を一緒に切り開いていければと考えています。

アルナ まさにその通りです。AIの活用、そしてそれを前提とした経営戦略の策定は、もはやすべての企業にとって欠かせないテーマになっています。 私たちジャパン・クラウドの19社の関連会社は、いずれも生成AI時代において重要な役割を担うテクノロジーであり、今後も新たな最先端企業を継続的に日本市場へ展開していくことを約束します。海外の成功モデルを日本企業の皆さまに還元し、CIOの皆さまとともに新しい価値を創り出していきたいと考えています。

【プロフィール】
進谷 浩明氏
日本HP (現 Hewlett Packard Enterprise) にて、基幹系・情報系システム開発におけるシステムエンジニア、プロジェクトマネージャーを経験。その後、2012年に楽天グループ株式会社に入社。社長室および楽天市場開発部門にてECプラットフォームの海外展開等に携わった後、2017年にアメリカに赴任し、アメリカ地域のコーポレートIT部門を再編、その後5年間に渡り統括。2022年に帰国後、本社のグローバルIT部門をヴァイスジェネラルマネージャーとして率いた後、2023年10月に株式会社メルカリに参画、執行役員CIOに就任。座右の銘は「得意淡然、失意泰然」。

アルナ バスナヤケ氏
日本のIT市場に関する深い知識と高度な技術的専門性、そしてエンタープライズセールスの経験を生かし、海外のSaaS企業の日本市場参入と成長を支援。幼少期を日本で過ごし、20年以上にわたり日本のビジネス環境で活躍、Japan CloudのチームとともにB2B SaaSのマーケットリーダーを数多く成功へと導く。「為せば成る」という信念の下、強い意志と粘り強さが困難を乗り越え、変革を生み出すという日本の精神を大切にしています。

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