(写真左)三菱マテリアル CIO システム戦略部長 板野 則弘氏
(写真右) ジャパン・クラウド CEO アルナ・バスナヤケ氏
※どちらも肩書は2025年取材時点

 生成AIを筆頭に、今や企業のIT活用は「経営戦略の最重要事項」といっても過言ではない時代になっている。こうした状況下で、社内のITリーダーはどのような視点を持てばよいのか。本連載では、CIOをはじめ、ITの分野から企業変革を推し進めるキーパーソンに話を聞いていく。

<連載ラインナップ>
■第1回:富士通 執行役員専務 エンタープライズ事業CEO 福田 譲氏
■第2回:三菱マテリアル CIO システム戦略部長 板野 則弘氏(本稿)
■第3回:Coming Soon
■第4回:Coming Soon

 かつて日本は間違いなく、世界から一目置かれた存在だった。当時の強さを日本が取り戻すには、とりわけ伝統的企業がそれを実現するには何が必要なのか。このようなテーマで話を聞いたのは、三菱マテリアル CIO(最高情報責任者) システム戦略部長の板野則弘氏である。海外SaaS企業の国内進出をサポートするジャパン・クラウドCo-Founder兼CEOのアルナ・バスナヤケ氏が聞き手となり、板野氏の考えを尋ねた。

これだけ優秀な人が集まる国は他にない

アルナ・バスナヤケ氏(以下、敬称略) 最初から核心に迫る質問をさせてください。日本はかつて世界の中で存在感を示し、”Japan as No.1”として、アメリカからも恐れられた時代がありました。私は、1980年代に日本で育ち、数カ国の海外経験後、今は20年以上日本に住んでいて、どうにか日本企業に貢献したいと考えています。一方、今は状況が変わっています。日本がもう一度、当時の勢いを取り戻すにはどうすればよいと考えますか。

板野則弘氏(以下、敬称略) この国が持つ「人」の力を生かすことではないでしょうか。大前提として、日本の高度経済成長を生んだ原動力は、間違いなく人の力でした。現代になり、生成AIやIT、デジタルが注目される中で、何がビジネスを左右するかといえば、やはり「人」です。さまざまなテクノロジーが生まれても、その真ん中に人がいることを忘れてはいけません。人がテクノロジーをどう使いこなすかが競争力になります。

アルナ 確かに、今もっとも注目されている生成AIも、あくまで手段に過ぎません。本当に価値を生むのは、それをどう活用して新たな仕組みや成果を生み出すか、という「人の力」ですね。

板野 その通りです。新しいものを創造するには、まず、デジタルで今まで見えなかった事象を可視化することがポイントになります。私はこれを「気づきの種」と呼んでいますが、IoTなどでビッグデータを集め、解析すると、これまで分からなかったトレンドや傾向が浮き彫りになる。次はそのデータを見て、人が何かに気づき、アクションを起こす。こうして新しいことが生まれます。

アルナ おっしゃる通りだと思います。生成AIを活用すれば、人間の能力では到底処理しきれない膨大なデータを瞬時に監視・分析し、パターンや異常を浮かび上がらせることができます。AIが導き出した「兆し」に気づき、意味づけし、実行に移す力こそが、これからの競争力になるのですね。

板野 そうですよね。何より大切なのは、見えないものを可視化するのはツールですが、最後の気づきは人にしかできないということです。あくまで変革の主体者は人なのです。

 日本の話に戻ると、最近は少子高齢化やAIの登場で軽視されがちですが、日本はいまだに素晴らしい人の力を持っています。例として、 OECD(経済協力開発機構)が行っている国際成人力調査(PIAAC)注1では、16歳〜65歳の成人を対象に「読み書き」「計算」「適応問題解決」のスキルを調査しています。日本は3分野すべてでトップ2に入っており、また、成人に占める高スキル取得者の割合が非常に高い。反面で、他国に比べて「突出した能力の持ち主が少ない」という声もありますが、平均で見た場合に日本の人は非常にレベルが高いのです。

 これだけ優秀な人が集まっている国は他にないと思っています。ITのサービスそのものは、GAFAMをはじめとした海外に劣後しているのは間違いないですが、優秀な日本の人がそれらを使いこなせば、素晴らしいパフォーマンスが出ます。ここに日本企業の成長の道筋があるのではないでしょうか。

注1:OECD国際成人力調査(PIAAC)第2回調査のポイント(概要)

「考える力」と「集中」が人の可能性を引き出す鍵に

アルナ 板野さんがおっしゃったような、日本の「人」が持っている素晴らしい能力を引き出すには、社員のモチベーションを高めることも重要になってくると思います。

板野 同感です。スキルとモチベーションの両軸を伸ばす工夫は、私たちもいろいろとしてきました。ただし、今の時代はそれだけでは足りません。これらの二軸に加えて、社員が「考える力」も養う必要があるでしょう。

アルナ ぜひその意味を詳しく聞きたいです。

板野 近年ではスマートフォンの普及などにより「人が考える時間」は減っている傾向にあると思います。併せて、会社の業務は効率化が進み、社員も昔ほど多くないため、マルチタスクが増えています。すると、一つのことをじっくり考える時間、いわば「集中」する時間が少なくなっているのです。経営者や上司は、社員に集中の時間を意識的に与えなければなりません。

 こうしたことから、当社は社員一人ひとりのスキル×モチベーション×集中の“体積”を最大化することを大切にしています。

アルナ 「集中」という概念を加えるのはとても興味深いですね。私は、これからのAI時代において、30〜40代の若い世代をエンパワーする(最大限に力を与える)ことが重要だと考えています。

 「流動性知能 (Fluid Intelligence)」と「結晶性知能 (Crystallized Intelligence)」という概念はご存じでしょうか。流動性知能とは、「新しい場面において臨機応変に問題を解決する創造的な知能」のことで、30代がピークと言われます。一方で、結晶性知能とは、60代がピークで「過去の学習経験を高度に適応して得られた判断力や習慣」のことです。生成AIがすべての業務の前提となるこれからの時代には、30〜40代の若い世代が活躍できる場を作ることが我々の使命だと考えます。

挑戦する30〜40代が育つ、心理的安全な組織に

アルナ 若い社員が積極的にチャレンジできる環境を企業がどう用意するか、という点についてお聞かせください。仮に社内の誰かが創造的なアイデアを実行したとして、成功しても大きな評価を得られず、失敗したら問題視される。このような状況にしないことが重要ではないでしょうか。

板野 その通りだと思います。シリコンバレーに3年ほど駐在した際、一度失敗したスタートアップでも、再びよいものを作れば、投資家が次のチャレンジを支援するモデルが確立されていました。それは私にとって強烈で、失敗しても何度もやり直せる、心理的安全が確保されていた状況を体験できました。

 当社のDXにおいても、新しい取り組みを試すトライアルのフェーズでは、この心理的安全を手厚く担保するようにしています。

アルナ 具体的にどのように行っているのでしょうか。

板野 一例として紹介するのが、当社の「DXチャレンジ」というプログラムです。社員が自分のDXアイデアを実践するもので、年間十数件採用されています。工場や研究所など、どの部署の人でも応募できるもの。実はこのプログラムに、心理的安全を確保する四つの工夫があります。

 一つ目は「予算の確保」。失敗しても問題のない予算であるという条件のもと予算を付与します。二つ目は、DXに関する「自己学習プログラム」を用意することです。

 そして三つ目が非常に重要で、DXチャレンジの参加者は、一人で成果を出すのは簡単ではありません。そこで「専門家を伴走」させます。最後に四つ目として、それぞれのアイデアを実現するための「環境、データ基盤やプログラミングツール」などを提供します。こうすることで、挑戦しようと動く社員が増えていきます。

 ただし、製造業の現場は忙しく、社員が本業以外にDXの取り組みをしていると、周囲とのあつれきが生まれる可能性もあります。そこで当社では、マネジメント層が現場にこうしたDX活動の意義を説明し、同僚の理解を得る作業も丁寧に行っています。

 合わせて500人を超える全社のコミュニティがあり、同様の活動をする仲間と組織の境界を超えてつながる支援もしています。DXに挑む社員の孤立を防いでいるのです。

アルナ 素晴らしい取り組みだと感じます。社員の方が孤立せず、安心して挑戦できるようにするための四つの工夫に加え、社内コミュニティを築き、マネジメント層が現場にしっかり説明して理解を得ていく。板野さんのお話を伺い、非常に共感しました。そうした丁寧な“対話の土壌”が、心理的安全な環境づくりの鍵になるのだと思います。

 私たちジャパン・クラウドでも、似たような価値観のもとに活動しています。私たちは、海外SaaS企業の日本進出を支援していますが、それら10社以上の企業がすべて同じオフィス、同じフロアのワークスペースで共に働き、「ジャパン・クラウド・エコシステム」と呼ばれるコミュニティを形成しています。各社はフェーズもビジネス領域も異なりますが、日常的にすぐ隣に他社の仲間がいることで、刺激や学び、協力関係が自然に生まれていきます。お客様との信頼構築、優秀な人材の採用、新たな発想。すべてが、この環境の中で強く根を張っていると感じています。

 このようなコミュニティの価値を見ているからこそ思うのですが、DXチャレンジのように意欲的に取り組む社員の方には、いわゆる「違う世界」を体験してもらう機会があると、さらに大きな成長につながるのではないでしょうか。会社や業界が変われば、セールスひとつとっても価値の伝え方や判断の軸はまったく異なります。異なる環境に身を置くことは、外を見ること以上に、自分自身や自国、自社を深く理解するきっかけになる。

 私自身、海外での経験を通じてその視点を得ることができました。これからの企業を担う人材には、そうした越境体験の蓄積がますます重要になってくると強く感じています。仮に1週間でも、三菱マテリアルの社員の方がこのオフィスに入れば新しい刺激や考えを得られると思います。

板野 私もジャパン・クラウドのオフィスを訪問したことがありますが、おっしゃる通り、さまざまな会社が同じ空間に共存していて、一つのコミュニティになっていました。当社では、社員の視野を広げるために、社内の違う部門で半日勤務する「半日職場体験」の取り組みを行っています。それを社外に広げたらよりよいでしょうね。

 特にIT部門の人間は、日々更新される技術や情報のキャッチアップに忙しく、気づけば専門領域に特化した知識のみが蓄積されやすい。アルナさんが言うように、会社を“越境”する体験を増やすことが大切かもしれません。

世界の知を、日本企業の力に──Japan Cloudの挑戦

アルナ せっかくの機会ですから、私たちジャパン・クラウドに対する助言や期待もお聞かせいただければと思います。

板野 ジャパン・クラウドに望むのは、これまで通り「日本を深く知っておいてほしい」ということです。世界のSaaSサービスの中で、どういうものなら日本企業の成長に貢献するかを見極める「目利き力」は素晴らしいと感じます。そして、海外のサービスをそのまま持ち込むのではなく、日本にフィットさせていますよね。今後もその手法を続けていただければと思います。

 なぜなら、日本のビジネスは海外と大きく異なります。よく言う話ですが、例えばある車種の自動車を見た時、グレードや内装・外装のタイプ、それにまつわるオプションの数を合計すると、アメリカは1車種で200種類ほどのパターンになるところ、日本は同じ車種で1億種類にも及びます。それほど日本は細かく対応するのです。この違いを考慮せず、外国のものを日本に持ってきても成果は出にくいでしょう。

アルナ おっしゃる通り、日本のビジネスは非常に現場が強く、多様なニーズに応える柔軟性が求められる市場だと、私たちも日々感じています。板野さんがご指摘されたように、海外のSaaSをそのまま持ち込んでも成功しない。まさに私たちが最も大切にしている視点です。ローカライズとは、単なる言語対応ではなく、導入プロセスやサポート体制まで、日本の組織文化や商習慣に即して最適化することだと考えています。ここに、私たちの長年の知見と実践が生きています。

 加えて、もう一つ重要だと感じているのは、生成AIをはじめとするテクノロジーが加速度的に進化する今、日本企業自身も、従来の業務プロセスを見直し、グローバルスタンダードを戦略的に取り入れることで、新たな経営の在り方へと進化していくことです。これはもはや“選択肢”ではなく、「再び強い日本」を実現するために不可欠であり、“成長と生き残り”のための必然と私たちは捉えています。

 私たちジャパン・クラウドは、こうした構造的な変革を日本企業のリーダーとともに描き、ともに実現していくパートナーでありたい。変化を恐れず、変革をともにし、日本企業の底力を、もう一度世界へ。テクノロジーを、真に日本企業の力に変える――その挑戦を、私たちはこれからも支えていきたいと考えています。

【プロフィール】
板野 則弘氏
1989年三菱化成株式会社(現三菱ケミカル株式会社)に生産技術エンジニアとして入社し、1996年米国シリコンバレーに3年間駐在。帰国後、2000年より情報システム部門に異動し、eビジネスを推進。2012年に情報システム部長、2018年にDX推進リーダーも兼任。2021年転職にて、三菱マテリアル株式会社 執行役員CIO(最高情報責任者)に就任、2022年三菱マテリアル株式会社 CIOシステム戦略部長(現職)、2024年4月 三菱マテリアルITソリューションズ代表取締役社長兼任。趣味はリベラルアーツ(人類の叡智)、マインドフルネス(禅+脳科学)、ゴルフ。

アルナ バスナヤケ氏
日本のIT市場に関する深い知識と高度な技術的専門性、そしてエンタープライズセールスの経験を生かし、海外のSaaS企業の日本市場参入と成長を支援。幼少期を日本で過ごし、20年以上にわたり日本のビジネス環境で活躍、Japan CloudのチームとともにB2B SaaSのマーケットリーダーを数多く成功へと導く。「為せば成る」という信念の下、強い意志と粘り強さが困難を乗り越え、変革を生み出すという日本の精神を大切にしています。

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