(写真左)富士通 執行役員専務 エンタープライズ事業CEO 福田 譲氏
(写真右)ジャパン・クラウド・コンサルティング 代表取締役社長 福田 康隆氏
※どちらも肩書は2025年取材時点

 今や企業のIT活用は「経営戦略の最重要事項」といっても過言ではない時代だ。こうした状況下で、社内のITリーダーはどのような視点を持てば良いのか。本連載では、CIOをはじめ、ITの分野から企業変革を推し進めるキーパーソンに話を聞いていく。

 今回登場頂くのは、富士通 執⾏役員専務 エンタープライズ事業CEOの福田 譲氏。2024年度までの5年間にわたりCIO・CDXOを務めた同氏は、約4,000を超える業務システムが乱立する中でシステムを統廃合するなどの改革を主導した。2025年度からは執行役員専務 エンタープライズ事業CEOという役職につき、民需産業領域の事業責任者として、「Fujitsu Uvance」を中心とした事業モデル転換を指揮している。富士通の5年間にわたるDX(デジタル変革)、IT変革、そして新役職のミッションについて、海外SaaS企業の国内進出をサポートするジャパン・クラウド・コンサルティング 代表取締役社長の福田 康隆氏が話を伺った。

新役職の裏に、富士通の「経営モデル転換」

福田康隆氏(以下、康隆氏) 福田譲さんはSAPジャパンの代表から転身し、富士通のCIO・CDXO(CDXO補佐も含む)を5年間務められた後、2025年4月から同社のエンタープライズ事業 CEOに就かれました。この体制変更にはどのような狙いがあるのでしょうか。

福田譲氏(以下、譲氏) 背景には、富士通の経営モデルを「地域別」から「業種別」へ転換することにあります。従来の日本企業は地域ごとに事業を区切り、ある程度の戦略は各地の子会社などに任せ、本社はあまり統制をかけない形が多かったのではないでしょうか。

 富士通も同様でしたが、これからはマーケットの軸を「地域」から「業種」へと変えていきます。このベースとなるのが新事業モデル「Fujitsu Uvance」で、社会課題や企業課題に対して、当社の技術やソフトウェア、知見などを共通化・標準化して、全世界で同じ価値提供モデルを展開するものです。

 国や地域をまたがって事業モデルを業種軸に変更するにあたり、金融・公共・社会インフラなどの「パブリック事業」と、製造・流通・サービスといった「エンタープライズ事業」の2つに業種を大別し、私は後者のCEOを担当することになりました。これが今回の人事の概略です。

康隆氏 つまり、この経営モデルは、地域という枠を取り払ってグローバル共通で事業を展開することを意味するということですね。以前から譲さんとはいろいろな機会にお話しさせていただきましたが、富士通のCIOになられた時も、それまで各リージョン(地域)に与えられていた権限を見直して、グローバルワンチームの体制にしていくといったお話をされていました。今回、CIOから事業部門に移っても同様の変革を行っていくということでしょうか。

譲氏 そうですね。IT部門を筆頭に、ファイナンスや人事といった他のコーポレート機能でも、地域の枠を取り払う動きを進めてきました。そのためにERPや人事領域でグローバル共通のプラットフォームを導入してきたのです。いよいよ事業部門も同じステージに行こうということです。

ITは企業変革を促進する「有効な触媒」

康隆氏 ここからは、CIO・CDXOを務めた5年間について総括していただきたいと思います。任期中は富士通に存在していた約4,000を超える業務システムのモダナイゼーション(※古いIT資産を近代化・最適化すること)を進め、システムを1,000以下にまで減らすことを目指すなど、さまざまなことを進めてきましたよね。その道のりで意識していたことは何ですか。

譲氏 5年間で行ってきたのは単なるITシステムの刷新ではなく、富士通の「体質転換」だったと考えています。

 先ほど話したように、Fujitsu Uvanceは従来の富士通とは異なる事業モデルです。この変革を実現するには、ITや業務プロセスだけではなく、当社の人や組織、カルチャーも変革しやすい体質に転換する必要がありました。例えば、新卒一括採用や年功序列といった旧来的な人事制度のままでは、新たな事業モデルを作っても現場はなかなか変わらないし、人材ポートフォリオやリソース配分も変わりにくい。制度や業務プロセス、社内コミュニケーションの在り方を含めて、様々なものを事業モデル変革が進みやすい形に変えていく。いわば社内の“新陳代謝力”を上げる必要があったのです。

 では、人や組織を変える一番効率的な方法は何か。それは、ITやシステムを変えることです。今やシステムが止まればその日の業務が成り立たなくなるように、ITと仕事は表裏一体です。ということは、システムそのものを変えれば、強制的に変化を起こすことができるのです。特に富士通のような世界に12万人もの社員がいる企業は、社長や上司の言葉だけで巨大な組織に変化をもたらすのは難しい。社内ITを起点に、組織や人の隅々、様々な日常の1つ1つのシーンを強制的に変えてしまうのが最良の方法ではないでしょうか。

 こうして実施したSAPの導入やSalesforceのグローバル統合はその一例です。ITシステムの改変を通じて、富士通の新陳代謝を上げるエクササイズの第1ラウンドを行ってきた。それがこの5年間だと考えています。

康隆氏 社内のシステムを改変することが「組織を変える最良の方法」というお話は、その通りだと感じます。2000年代以降、CRMやERPが日本に入る中で、新しいシステムに合わせて業務が変わり、そこから次の発見が生まれる過程を見てきました。ITは企業変革を促進する“有効な触媒”だと感じます。

 さらに今は「AIに合わせて業務を変える」ということが起きていて、先日訪問したサンフランシスコのある企業では、「チーフ・AIアウトカム・オフィサー」という役職の方がいました。これは「AIでアウトカム(成果)を出すために何をするか」を考えるポジションで、そのために仕事のやり方やプロセスを根本的に変える動きが進んでいるようです。

CIOは個人戦ではない、目的は経営全体の改善

康隆氏 譲さんはCIOとして、富士通の経営戦略にまで踏み込んでいました。私はそれがCIOのあるべき姿だと思うのですが、企業の中にはCIOが“IT部門長”にとどまり、経営に関与することが難しいケースも多いのではないでしょうか。

譲氏 私は、CIOが経営に踏み込むのは当然のことだと思っています。企業でマネジメントを担う“CxO”は、CIOやCFO、CHROなど、それぞれの管轄はあるものの、あくまで「1つの経営チーム」です。自分の担当領域で成果を出しても全体の業績が上がらなければ仕方がない。チームが試合に負けたのに「俺は得点を決めた!」なんて言っても、負け犬の遠吠えです。CxOがそれぞれの専門領域の知見を持ち寄って、経営全体をどう良くするか意見し合うのが経営チームの姿でしょう。

 サッカーなどのチームスポーツを例に考えた時、選手がそれぞれ自分の領域のことしかやらない、他のポジションの選手に口を出さないチームは勝てませんよね。目的はチームが勝つことであり、個人戦ではないのです。それと同じではないでしょうか。

康隆氏 おっしゃる通り、自分の管轄だけで成果を出せば良いということではありませんよね。

譲氏 CxOのキャリアについても、1つの専門性を極めるのにプラスして、他の知見も加えて価値を発揮する「T型人材」を目指すのも良いのではないでしょうか。CIOでいえば、ITだけでなくファイナンスや営業を数年間経験してみるなど。

康隆氏 その意味では、譲さんはもともとSAPジャパンでセールスやビジネスをメインに担当し、その後、富士通の5年間でIT領域を率いられました。そして、また今年からビジネス領域に戻られるわけで、理想的なT型のキャリアを積んでいると言えそうです。

譲氏 理想的かどうかはわかりませんが、この5年間の経験は非常に良かったと感じます。SAPでは“フォワード”として前線のポジションでしたが、この5年でバックオフィスを含めた“ディフェンダー”の視点を養うことができました。

 また、先ほど話に出たシステムのモダナイゼーションでも、システムを1,000以下にまで大胆に削減する方針を打ち立てたのは、私がある意味でこの領域の素人だったからです。おそらくプロなら「システムを3割減らす」といった現実的な目標を設定してしまったかもしれない。自分たちの限界を低く見積らないためにも、多様な視点が必要だと思います。

CxOの中でもそれぞれ強みや特徴があり、相性の良い組み合わせがある

譲氏 この5年間で他社のCIOの方ともたくさん交流させて頂きましたが、そこで感じたのは、ひとくちにCIOといっても一人一人に異なる強みや特長があるということでした。

 それはCIOに限らず、すべてのCxOに言えることです。だからこそ経営では、それぞれの個性や他の経営層との相性、コンビネーションを生かしたCxOチームを作ることが重要だと感じました。CEOがこういう特性を持っているからこそ、このタイプのCIOなら相乗効果が生まれやすい、など。

康隆氏 われわれジャパンクラウドは海外のIT企業の日本法人立ち上げを支援していますが、同様の観点を重視しています。これまで累計で18社を主にジョイントベンチャーという形で共同経営しており、社長をはじめとした各社のマネジメントチーム組成にも携わってきましたが、この際も社長の特性を見極め、そこにマッチしそうな経営陣を揃えるようにしています。

譲氏 そういった工夫も含め、ジャパンクラウドは海外企業の日本進出に多大な貢献をしているのではないでしょうか。私もかつて海外企業に在籍していたから分かるのですが、日本市場に参入する時、往々にして“副作用”が出ます。経営スタイルや顧客に対する向き合い方、信頼関係の作り方など、さまざまな点で文化的な違いがあるからでしょう。

 そこで求められるのは、その副作用を最小化してなるべく早く日本市場に製品の価値を提供することです。ジャパンクラウドはそのノウハウがあり、海外の優れたカテゴリリーダーのテクノロジーの日本進出を支援することで日本企業に貢献してくれる。初めて日本市場に出る会社のはずなのに、これまでの経験をもとに初めてではない状態にできるのです。こうしたビジネスでエコシステムを築いている会社は数少ないのではないでしょうか。

康隆氏 ありがとうございます。私たちが海外企業の日本進出を支援する際、まさしく重視しているのがこれまでの成功や失敗の経験をもとにしたプレイブックです。日本の文化や商習慣への理解もその一つで、単に日本市場参入だけでなく、中長期でテクノロジーを国内に浸透させていくことに力を入れています。今後も、日本企業に必要なテクノロジーを提供することで、日本企業の生産性向上に貢献したいと考えています。

【プロフィール】
福田 譲氏
富士通株式会社 執⾏役員専務 エンタープライズ事業 CEO
早稲田大学卒業後、SAPジャパンに入社。ERP導入による業務改革、経営改革、高度情報化の活動に従事。2014年、同社の代表取締役社長に就任。顧客と協働した新たなイノベーション創出に注力し、日本型のデジタル変革に取り組む。2020年、富士通に入社。執行役員常務 CIO 兼 CDXO補佐として、経営基盤の強化を目的とした経営プロジェクト「OneFujitsu」や、富士通自身を変革する全社DXプロジェクト「フジトラ(Fujitsu Transformation)」などを主導する。2023年にCDXO兼CIO。2025年4月から執行役員専務 エンタープライズ事業CEOに就任。

福田 康隆氏
ジャパン・クラウド・コンサルティング株式会社 代表取締役社長
早稲田大学卒業後、日本オラクルに入社。2001年に米オラクル本社に出向。 2004年、米セールスフォース・ドットコムに転職。翌年、同社日本法人に移り、以後9年間にわたり、日本市場における成長を牽引する。専務執行役員兼シニアバイスプレジデントを務めた後、2014年、マルケトに代表取締役社長として入社。 2019年、アドビシステムズに買収によりアドビシステムズ務執行役員マルケト事業統括に就任。2020年1月より、JAPAN CLOUDのパートナーおよびジャパン・クラウド・コンサルティングの代表取締役社長に就任。 著書に『THE MODEL マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス』(翔泳社、2019年)。

◇富士通 福田 譲氏も登壇するオフラインイベント「CIOカンファレンス2025」(ジャパンクラウド主催)を5月22日(木)15時~ 赤坂インターシティカンファレンスにて開催いたします(詳細はこちら

 富士通 福田氏、三井住友銀行 CDIO磯和氏、三菱マテリアル CIO 板野氏などが登壇する「CIOパネルディスカッション」や、元経産省「DXレポート」の和泉氏、米モルガン・スタンレーにて生成AIにおける数々の企業を最前線で支援してきたShaan氏も登壇!生成AIのグローバルトレンドについて知見を深め、日本企業のAI活用の現在地について考察します。