幾何学、自然、実用、革新

 第一章「アール・デコの萌芽」では、1925年パリ博覧会グランプリ受賞作品を含むハイジュエリーの数々が展示される。なかでもひときわ目をひくのが《絡み合う花々、赤と白のローズブレスレット》(1924)。自然のモチーフを幾何学的に様式化するアール・デコの特徴的な美学があらわれている。

絡み合う花々、赤と白のローズ ブレスレット 1924年 プラチナ、エメラルド、ルビー、オニキス、イエローダイヤモンド、ダイヤモンド © Van Cleef & Arpels

 第二章「独自のスタイルへの発展」では、1920年代以降、ヴァン クリーフ&アーペルが追求した立体感のある造形美を表現したジュエリーがみどころ。目玉は《コルレット》(1929年)。幾何学的なデザインと、身体の曲線に沿う立体感が特徴。留め金まで華麗。

コルレット 1929年 プラチナ、エメラルド、ダイヤモンド エジプトのファイーザ王女旧蔵 © Van Cleef & Arpels

 ネクタイをモチーフにした《ネックレス》は、結び目の位置を背中や肩に持っていくことも可能で、多様なスタイルを楽しめるように作られていた。今つけても「時代」を感じさせない軽やかさを湛えている。

ネックレス 1929年 プラチナ、ダイヤモンド ©Van Cleef & Arpels

 第三章「モダニズムと機能性」では、幾何学的な形と機能的な美しさを兼備する、モダニズムを感じるジュエリーやアクセサリーが披露される。中でもユニークなのは「ミノディエール」。一見、貴金属製のクラッチバックのようなケースなのだが、内部の仕切りが工夫され、鏡、パウダーケース、口紅、ライター、タバコ、ピルケース、櫛などを整理して収納できるようになっている。生活の小道具にまでアートとしての息吹が宿る、これぞ実用芸術。

展示風景より、《ミノディエール》(1935年)など ヴァン クリーフ&アーペル コレクション 撮影:中野香織

《カデナ リストウォッチ》(1943年)にも実用芸術の精神が光る。日用品である南京錠(カデナ)を時計として再解釈した作品。文字盤は着用者にのみ見える構造になっている。当時は、時間を確認するところを相手に見られるのは好ましいことではなかったのだ。

カデナ リストウォッチ 1943年 イエローゴールド、ルビー ヴァン クリーフ&アーペル コレクション © Van Cleef & Arpels

 第四章「サヴォアフェールが紡ぐ庭」。ここでは匠の技によって表現された花や動物に着想を得たジュエリーによって色鮮やかな庭園の情景が広がる……というコンセプトなのだが、私の目が釘付けになったのは、花ではなく、ジップ(ファスナー)をモチーフにした《シャンティイ ジップ ネックレス》(1952年)であった。これは、かのウィンザー公夫人ことウォリス・シンプソンのアイデアとリクエストがきっかけで誕生したものなのだ。

シャンティイ ジップ ネックレス 1952年 イエローゴールド、プラチナ、ダイヤモンド © Van Cleef & Arpels

 1938年、「ジッパーをモチーフにしたジュエリーを作ってほしい」というウォリスの提案を受けて、当時のメゾンのアートディレクターであったルネ・ピュイサンがデザインし、同年ヴァン クリーフ&アーペルが特許を取得した。ただし、その技術的難しさから実際に完成品のジップネックレスが作られたのは1950年。映画『ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋』にも登場する「ジップ ネックレス」を眼前に見ることができたのは幸運だった。個性の際立つこうしたパトロンが、珠玉の名品を生み出す原動力となったのである。

会場風景 東京都庭園美術館 本館 妃殿下居間 ©Van Cleef & Arpels

 このような名品と邸宅のインテリアが静かに共鳴し合い、それぞれの美が際立つ空間が生まれている。たとえば延子妃殿下寝室では、エメラルドやルビー、サファイアをセットしたジュエリーが、妃殿下がデザインした花柄の暖房カバーと見事に呼応する。「展示室ごとに建築と宝飾が互いを引き立て合い、当時の暮らしの空気がそのまま蘇ります」と方波見氏は語る。

《イヴニング・ドレス》1920年代 などの展示風景 共立女子大学博物館蔵、東京都庭園美術館 本館 北の間 ※会期中、展示替えあり 撮影:中野香織

 さらに、アール・デコ期のドレスをマネキンに着せた特別展示もある。フラッパーと称された当時の女性が着た直線的シルエットのドレスが3点。脳内で、このドレスにあのカデナ・リストウォッチをつけ、ミノディエールをもち、タイネックレスをつける……などと着せ替えプレイを試みることができる。フラッパーは自由の象徴として車を運転し、タバコを吸い、酒を楽しんだ(禁酒法下であっても)。ギャルソンヌ(少年のような女性)とも呼ばれた彼女たちが闘って獲得してきた自由と権利の延長線上に、100年後のいまの私たちの自由があることに感謝したい。

 

100年を重ねる祝祭

 1925年パリ博から100年。朝香宮夫妻が会場を訪れ、本展覧会のキービジュアルともなっているローズブレスレットを目にしたであろう記録が残る。そのジュエリーが、夫妻が建てた邸宅で再び展示されている。歴史と現代、パリと東京が重なり合う。多くの専門家の「対話」の成果でもあるこの展覧会は、100年を超えた革新的な感性と技術と芸術の祝祭として胸に迫る。生活の一瞬一瞬を美しく彩ろうとしたアール・デコの「永遠なる瞬間」に没入すれば、100年前の革新と豊穣な感性が、現代の私たちの暮らしにも静かに息づいていることに気づかされる。