JBpress autograph 鈴木:今回は「WATCHES & WONDERS GENEVA 2024」特集の一環として、イベントに登場した、普段、私たちがなかなか注目することのない、あるいは見ても面白がり方がいまひとつ分からない、時計専業ではないブランドに注目します。ゲストは時計分野も詳しいですが、むしろジュエリージャーナリストとして活躍されている、本間 恵子さんです。いつもお世話になっております。

本間 恵子さん:よろしくお願いします。

JBpress autograph 福留 亮司:この企画、そもそも本間さんとのお話のなかで思いついたんですよね。今年、JBpress autograph編集部はWATCHES & WONDERS GENEVA 2024に行っておらず、本間さんが行く、というので一部、取材などをお願いしたのですが、お土産話を聞いているうちに、これが面白い。

本間:そもそも私、歯車とかゼンマイには萌えないんですよね、怒られそうですが。

福留:本間さんの視点には、普段意識していなかった時計の面白さがあるようにおもいますが、まぁ前置きはこのくらいにして話を進めましょうか。

鈴木:どのブランドから行きましょうか? 僕はシャネルがいいかな。

本間:では、まずは豊富なラインナップだったシャネルから行ってみましょう! 

CHANEL|シャネル

鈴木:おお!シャネルだ! 

福留:ブースの位置やサイズは我々が訪れた昨年と基本的には同じようですね。

本間:まず驚いたのが、この入ってすぐのホールのようになっている場所の曲面になっている壁に流れているムービー。シャネルの素敵ワールドが次々と繰り広げられて、なかなかループしないんですよ。

鈴木:昨年もそうでしたが、ここでシャネルの世界にぐっと引き込まれますよね。そして、ここから、美術館のようにシャネルの時計の世界が始まる。今年の目玉は、置き時計?

MUSICAL CLOCK ATELIER COUTURE(世界1点限定)

 本間:こちらですね。ショーケースのまわりにワイワイ人だかりができてました。

福留:一見、時計には見えないですね。オルゴールみたいで。

本間:実際、名門リュージュ社のオルゴールでもあって、マドモアゼル シャネルが好んで口ずさんだというアル ボウリーの曲「My Woman」のリズムに合わせ て、5体のトルソーが上下するのだそうです。キルティングの ソファをイメージしているという台座の上のところにある、メジャーのようなものに時間が表示されています。その上をマチ針のようなインジケーターが移動するんです。情報によるとインジケーターは「ブラックコーティングを施した18KYG支柱×1、パール、18KYG×1バゲットカット ダイヤモンド(~0.22ct)」だそう。

鈴木:拡大した画像を用意してみましたが、こうして見ると、至るところが目もくらむほど贅沢……

本間:ソファをイメージした部分は245個のオニキスで、台座上部の縁取りはゴールドとダイヤモンド。そしてその上にトルソーが5体。よくまあここまで凝りましたね、と。 

鈴木:ダイヤモンドがそこここに。

本間:この時計は、謎解き絵画みたいにマドモアゼル シャネルのシンボルが隠れているんですよ。例えば、シャンデリアはマドモアゼルのパリのアパルトマンのシャンデリアをモチーフとしているとか。ゼンマイを巻く鍵は取り外せばペンダントになるんですって。

鈴木:これは売り物なんですよね。ええと価格は?

福留:4億3004万円(税込み参考価格/世界限定1本)。

BUST LONG NECKLACE COUTURE(世界20点限定)

鈴木:こちらは多少、平和そうです。

福留:7755万円(税込参考価格)ですよ? 

鈴木:!?

福留:ここが時計になっているんですね。

本間:トルソーのボディを引くと文字盤が出てくるんです。流石に時計部分のサイズは10.8×10.8mmと小さいですが。それより、スノーセッティングのダイヤモンドが非常にきれい! 大小おりまぜて隙間なくセットしているんです。これは腕のいい職人じゃないとできないことで、バランスがよくびっしり、そしてダイヤモンドの質も高いんです。

SAFETY PIN LONG NECKLACE COUTURE(世界20点限定)

鈴木:これは安全ピンですね。 

THIMBLE LONG NECKLACE COUTURE(世界20点限定)

 鈴木:シンブルはええと……指ぬき。

BOBBIN CUFF COUTURE(世界1点限定)

 鈴木:ボビン、ボビン……

本間:ボビンはボビンですね。糸巻き? このダイヤモンドも素晴らしい仕事です。時計の部分は、CHANEL N° 5のボトルストッパーの形でもあり、マドモアゼルが滞在していたホテル リッツがあるヴァンドーム広場の形にもなっています。

福留:資料によると17.51カラットのイエローサファイアはウォッチカバーになっていると。なんと贅沢なつくり!

MADEMOISELLE PRIVE PINCUSHION LONG NECKLACE COUTURE(世界5点限定)

鈴木:お、これは針刺し?

 

MADEMOISELLE PRIVE PINCUSHION CUFF COUTURE(世界5点限定)

鈴木: あ!やっぱり。この感じの時計は昨年もありましたよ。

福留:大きいんですよね。あれはすごく良かった。

本間:55mm径ですね。でも同じモチーフで指輪型の時計もあります。

MADEMOISELLE PRIVE PINCUSHION LONG RING COUTURE(世界5点限定)

 鈴木:うーん。僕は19世紀フランス文学を研究していた過去がありますが、当時お針子は社会的にはかなり下の方だったんですよね。そんなお針子さんの仕事道具がここまで贅沢なもののモチーフになる……なんだかあらためて感慨深いというか、マドモアゼル シャネルの偉業とダブりますね。

本間:鈴木さん的に言えば、シャネルというブランドはここのところ、マドモアゼル シャネルがテロワールとなっていて、そこからブレない印象があります。

MADEMOISELLE PRIVE BOUTON GABRIELLE

鈴木:おお! シャネルさんがもはや古代ローマの偉人のよう。テロワールってワインで言えば第一の意味はテリトリー、特に土壌なんですが、実質的には人間も含め、その土の上で育ったものすべてを指しているんですよね。フランス語では、常に参照される人間を、イモータル=不死の存在、なんて言ったりもします。この時計を見ているとそういうイメージもあるのかも。

本間:この時計もマドモアゼル シャネルへのオマージュに富んでいて、ケースの外側にあるのは、いわゆるシャネルスーツのジャケットの内側に縫い付けられているチェーンのイメージなんです。いいワインと同じで味わい深い。

福留:なるほど。ところで『J12』は?

J12 COUTURE WORKSHOP AUTOMATON CALIBER6(世界100本限定)

 鈴木:わお! ステキ。オトマトンって「からくり人形」みたいなちょっと懐かしい響き。

本間:いわゆるオートマタですね。8時位置のボタンを押すことで、マドモアゼル、ハサミ、トルソーが動いて「仕事を始める」んです。絶対すぐ売り切れるやつ。

福留:情報によると新オートマタムーブメント「キャリバー 6」を搭載。複雑な5層のダイヤルに繋がる355個のパーツの連動、とのことです。

MADEMOISELLE J12 COUTURE(世界55本限定)

本間:これは、トルソーや安全ピンといったお針子的モチーフが描かれたディスクがマドモアゼルの背後で回る、というJ12ですね。

福留:5分で1周するらしいですね。「5」にこだわるところところがシャネルらしい。

鈴木:さり気なくベゼル部分のバゲットカットのダイヤモンドも精密な仕事ですね……普段、ジュエリーにはあまり興味がない僕でも、これはスゴいとおもうし魅力的だなぁ。

J12 COUTURE

鈴木:うわ、拡大してみると、すごい美しさですね。

本間:秒針がね、縫い針なんですよ。

鈴木:ホントだ!

福留:てことは、時分針は裁ち鋏、ダイヤルは型紙用紙、インナースケールはメジャーということですね。

J12 WHITE STAR COUTURE(世界12本限定)

鈴木:お、これはセラミック?

本間:硬いセラミックを宝石みたいにバケットカットするというアイデアもスゴいんですが、側面のダイヤモンドセッティングがスゴい。この複雑なデザインにあわせて研磨したあとに、はめ込むんです。ジュエリーの高度な技です。

福留:このデザインも黒いラインがあしらわれたトルソーからインスピレーションを受けたものらしいですね。こう見ていくとシャネルに惚れなおしちゃいますね。モノとしての完成度が高いし、なるほどとおもうし、見ていて飽きない。シャネルらしいとおもいますし、トゥールビヨンとか、永久カレンダーとかではない、時計の楽しさを教わった気がします。

HERMES|エルメス

鈴木:次、エルメスをお願いします。実は、先だって本間さんに会った時にちらっと見せていただいた時計がすごく気になっていて……

本間:これですね。

HERMÈS CUT
©Haw-lin Services

鈴木:そう! これオジサン、マジで欲しい。 なんですかね、このレトロとモダンが入り混じったような、シンプルでありながらずっと見ていられそうな……

本間:時を楽しむために時計を作ります、というのがエルメスのマニフェストと言っていいと思います。その考え方から生まれたのが、どんどん使いこんで欲しいという日常的な時計と3軸トゥールビヨンのガチな時計、そして伝統工芸を継承するモデルと、今年は大きく分けて3ジャンルですが、この『エルメス カット』は日常的な時計に入ります。

鈴木:昨年の『H08』がマニッシュで、この『エルメス カット』は女性っぽいイメージなのでしょうか?

本間:女性用としてデザインされてはいるのですが、男性にも似合う。エルメスはそういうところがインクルーシブですね。老若男女、誰が使ってもOK。おもしろいのは、プレスリリースの最初が、ポエムからはじまっているところです。

 

福留:エルメスってこういうスタイルですよね。

本間:私には、時とは?という問いからものづくりを始めているように見えます。この向き合い方が、やはりエルメスであり、ラグジュアリーなメゾンなんだと思います。

鈴木:このあとに続くビジュアルイメージもホントに魅力的。https://www.hermes.com/jp/ja/content/328128-hermes-cut-watches/
こちらの公式ページに同じビジュアルがあるので、見ていただきたいです。

福留:これはつまり、ラウンドのケースの左右をカットしているということ?

本間:そう、カットしたケースの断面がまたキレイなんですよね。ラウンドなんだけれどラウンドじゃない、一筋縄ではいかないよ、ということではないかと。

福留:リュウズも1時半位置に配され、ケースラインに溶け込むようデザインされていますしね。

鈴木:さすがエルメス。このメタルのブレスレットもいいなぁ。

福留:サテンとポリッシュに仕上げ分けることで、立体的な表情になってますね。

本間:インターチェンジャブルなので、ブレスレットモデルもラバーストラップに換装できます。普段づかいはラバーのほうがいいかもしれません。

©Haw-lin Services

福留:エルメスといえばレザーですが、今回もレザーストラップは選択肢にないんですね。

本間:なのですが、ラバーストラップのカラーが、ホワイト、オレンジ、グリ・ペルル、グリ・エタン、グリシーヌ、ヴェール・クリケ、ブルー・ジーン、キャプシーヌとエルメスのレザーと同じ名前、同じ色になっているんです。ここ、萌えポイントです。

©Haw-lin Services

鈴木:ダイヤモンドのあるなし、ローズゴールドとのコンビネーションかどうかで、基本、4パターンなんですね。もっともベーシックなステンレススチールモデルで1,024,100円!絶妙!

本間:J12の強力なライバルになる予感がします。

ARCEAU Duc Attelé
©Joël Von Allmen

福留:僕はこのアルソーもスゴいとおもうんだけどな。

本間:ガチ時計好きの面々は大騒ぎしていました。

福留:トゥールビヨンは正直に言って流行、という印象だけれど、センターには、ブランドを象徴するHを重ねたデザインのトゥールビヨンキャリッジが配されるなど、ほかのトゥールビヨンと比べても洒落てる。時計オタクっぽい感じがしないのがさすがはエルメスだな、とおもうんです。

鈴木:本間さんはこういう時計には萌えない?

本間:三軸センタートゥールビヨンのミニッツリピーターというところがスゴいポイントなのかもしれませんが、ゴングがお馬さんで、叩いているところが可愛いんですよ。透明感のある音もいい。

福留:このゴングは硬化スティール製で、大聖堂の鐘を想起させる音色のようですね。

©Joël Von Allmen

 本間: 裏にもお馬さんがいるんです。

鈴木:ケースのラグの形状が上下で違うんですね。

福留:そこがアルソーの特徴です。1978年にアンリ・ドリニーがデザインした、馬具のあぶみから着想を得たものです。

©Joël Von Allmen

本間:黒っぽいチタンのほかに、明るい印象のピンクゴールドバージョンもあって、昔の懐中時計っぽい独特のフォントの雰囲気などがハッキリとわかると思います。

福留:僕はやっぱりチタンのモデルのほうがかっこよく見えるな。

本間:実物をみると結構、サイズ感はあってピンクゴールドモデルもバランスはいいですよ。ケース径は43mm。

鈴木:いずれも24本限定で62,887,000円(税込)

ARCEAU Chorus Stellarum
©Joël Von Allmen

 鈴木:おお、ロマンチック!

本間:ガイコツですよ?

鈴木:ああ、ロマン主義っぽい、と言いたかったんです。19世紀フランスロマン派でこういう死のイメージが流行ったんです。

本間:日本人アーティスト、野村大輔さんがデザインしたシルクスカーフ、カレの『コーラス・ステラルム』に着想を得たデザインだそうです。

鈴木:これが本間さんのおっしゃっていた伝統工芸継承系のモデル?

本間:そもそもがアーティストによるカレのデザインを踏襲していることや、イエローゴールドのモビールレリーフを手作業で彫刻して彩色しているところなどはそうですが、この時計は、オートマタ的な要素もあって、このドクロの馬が動くんですよ。さらに工芸的要素が際立っているのはこちらですね。

福留:ドクロは9時位置のプッシュボタンで操作するみたいですね。簡単なのがいいです。

SLIM D’HERMÈS
Le sacre des saisons
©Anita Schalefli

鈴木:これは本間さんがいなければ注目しなかったような時計だ。

本間:パリのアーティスト、ピエール・マリーがデザインしたカレ『四季の祭典』をモチーフにしているとのことで、このモデルはマントの部分に金箔を細かく切って七宝に焼き付けるパイヨンエナメルの技が使われています。エナメルの技術はフランスやスイスが伝統的な中心地。エルメスらしい手仕事へのリスペクトですね。

©Anita Schalefli

福留:四季、というだけあって4種類が存在していて各12本限定。最初の写真のモデルが冬ですね。こちらの春は、絵の細かさがより際立ちますね。

本間:春のモデルはレモンクリソプレーズという宝石に細密画をペイントしているんですよ。

©Anita Schalefli

鈴木:春の価格はざっくり1400万円くらいで、冬が2000万円超といったところですが、もうここまでくると工業製品というよりアートピースですね。

福留:時計には色々な価値があることをあらためて感じさせてくれます。

本間:もう文字盤に数字すらないですからね。

Van Cleef & Arpels |ヴァン クリーフ&アーペル

本間:この流れで、VCAことヴァン クリーフ&アーペルにいってみましょう。

鈴木:昨年はここだけ森林といった感じのブースで、実を言うと、私、非常に癒やされていました。今年は写真を拝見すると昨年ほどうっそうとした感じではないんですかね。

本間:ただ、やはり自然はVCAにとっては重要なモチーフだと思います。1906年創業のヴァンクリーフ&アーペルは、アール・デコ時代に数多くの名品を生み出していますから。

鈴木:ん? 植物モチーフといえばむしろアール・ヌーヴォーじゃないですか? 例えばシャンパーニュメゾン・ペリエ ジュエは1902年にエミール・ガレが描いたアネモネを今もボトルに描いていますが、エミール・ガレといえばアール・ヌーヴォーの代表的作家です。

本間:と、いうのが一般的な理解で、ヌーヴォーとは対象的に、アール・デコは幾何学的なパターンが有名です。でも実は、1925年前後から盛り上がったアール・デコ時代は、ハイジュエリーにおいては花とか動物とか、自然モチーフが非常に多いんですよ。

鈴木:へええ、知りませんでした。

福留:とはいえ、こういった展示のスタイル、そして近年のVCAの成功は、同社のプレジデント兼CEO ニコラ・ボスさんの存在が大きいですね。

本間:ニコラさんはカルティエ現代美術財団にいて、その後VCAに入り、CEOに抜擢された人。彼がVCAの時計を丸くて針が2本あるものから、夢いっぱいのポエティックなものへと変えていった。複雑時計のコレクションにも「ポエティック コンプリケーション」というタイトルが与えられています。こういうセンスがステキなんですよね。そんな力量を買われてか、ニコラさんはリシュモンのCEOに昇格しちゃいました。

福留:えええーっ!

レディ アーペル ブリーズ デテ ウォッチ

福留:ん? これどうやって時間がわかるんですか?

本間:インデックスの外周を蝶々が飛んでいて、そこに数字が書いてあるでしょう? それでなんとなく分かる。現在時刻のフンイキがわかるという感じ。

鈴木:左下のプッシュボタンはこれ、押すと何が起きるんでしょう?

本間:お花やその茎がそよそよと動くんです。動画のほうがわかりやすいかな?

鈴木:これはスゴい。

本間:プリカジュールという半透明エナメルの技術、ミニアチュール ペインティング、貴石やオーナメンタルストーンのマルケトリ、彫刻、エングレービング。この小さな腕時計のなかに、職人の技術がギュッとつまっているんです。

福留:さらにオートマタの技術も使われているんですよね。

本間:2019年にヴァンクリーフ&アーペルが発表した「レディ アーペル ポン デ ザムルー ウォッチ」という橋の上で恋人同士がキスをする時計、覚えていますか? 

福留:これですね。

本間:そう。これが象徴的だと思うのですが、男女がただ近寄ってキスするんじゃなくて、キス直前にほんの一瞬見つめ合ったりして、物語を感じさせるんです。そうなるように、あえて歯車の動きで制御しているんですよね。単に技術がスゴいだけじゃなく、そこに表現がある。

レディ ジュール ニュイ ウォッチ

鈴木:それと比べると、こちらはややおとなしめに見えますが……

本間:実物はスゴかったですよ。ディスクに使われているアベンチュリンガラス、ダイヤモンドをはじめとして使われている貴石の質、カット、セッティング、どれもが凄まじく贅沢でした。

アパリシオン デ ベ オートマタ

 本間:そして、スゴいを通り越してもう、驚愕といったレベルなのがこちらでした。

鈴木:これもなかなか写真などでは伝わらないと思いますが、凄まじい。

本間:土台がダルメシアンジャスパーという石、その上にピンク色のチューライトという石のボウル。赤い実はスピネルという宝石。そして、ドーム状に閉じている葉はローズゴールドをラッカーで仕上げたものです。

福留:その葉が開いて鳥が羽ばたく。

本間:その時にオルゴールの音がなるんです。

ブトン ドール オートマタ

鈴木:もうこれは、これまで本間さんに教えていただいた技術の集大成という感じですね。

本間:歴史の話をすると、ジュネーブは細密エナメルの世界的な産地でした。本格的に作られるようになったのは17世紀半ばからなんですが、20世紀後半にはすっかり衰退して、いまその伝統を消滅させないように何とか継承していこうという動きが盛り上がっているところです。

Cartier|カルティエ

福留:今回、最後に注目したいブランドはカルティエです。カルティエは当然、ウォッチメーカーとしても重要な存在で、WATCHES & WONDERSの中核ブランドです。今年は『サントス』の誕生120年のアニバーサリー・イヤーでもあるのですが、その話はここではしません!

本間:一応、時計らしい時計の方でいうと、サントス以外で話題だったのは『トーチュ』だったことを補足しておきます。

鈴木:拷問(Torture)?

本間: Tortue=亀ですってば!まぁその話題は、お任せするとして、せっかく亀が出てきたので、カルティエの今年のひとつめの注目作『アニマル ジュエリー ウォッチ』から。

© Cartier © MAUD REMY LONVIS
© Cartier © MAUD REMY LONVIS
© Cartier © MAUD REMY LONVIS
© Cartier © MAUD REMY LONVIS

 鈴木:これまでの本間さんの解説でダイヤモンドのセッティングがスゴいことはなんとなく感じ取りました。

本間:セッティングでいうと、一部の宝石を上下逆さまに留めていて、下部の尖ったほうが上になっているんです。さわるとちょっとチクチクするリバースセッティング。パヴェもびっしりと隙間なく留められていて、さりげないですが技術は高度です。が、何よりうるわしいのは、複雑で破綻のない3次元的な形状。これは手作業ではなかなか出来ないもので、3Dでデータを作って、これを自動切削マシンで削り出すのだそうです。

福留:現代のハイテクと伝統的なジュエリーの技術の融合なんですね。

鈴木:それで自然を表現する。デジタルが極まるとアナログになるみたいな話を思い出しました。

本間:コンピュータにはアフリカが足りない、ってブライアン・イーノが言ってましたね。そして、私の今年の注目作はリフレクション ドゥ カルティエです。

© Cartier © MAUD REMY LONVIS

 鈴木:これ時計?

本間:ここです。

© Cartier © MAUD REMY LONVIS

 鈴木:うわ。これ鏡のようになっているんですね。この画像で言うと上が本物の時計ですね。

本間:アイデアがスゴいですよね。シャープで平滑な金属の仕上げにカルティエの技があるわけです。こういうホワイトゴールドのモデルもあって……。

© Cartier © MAUD REMY LONVIS

 本間:注目すべきはここで

© Cartier © MAUD REMY LONVIS

本間:ダイヤモンドのセッティングがスノーセッティングと切れ目の部分は上下が逆、リバースセッティングになっているんです。

福留:ちょっとトゲっぽい感じ?

© Cartier © MAUD REMY LONVIS
© Cartier © MAUD REMY LONVIS

本間:こちらはミント色のクリソプレーズやパライバトルマリン、エメラルド、オブシディアンが使われたものです。黒が入るとすごくアール・デコっぽくなります。

福留:アヴァンギャルドな印象ですね。

まとめ

鈴木:今回、一度、本間さんが訪れた各ブランドのお話をうかがって、JBpress autograph編集部として、注目したのは以上の4ブランドです。いずれも、得も言われぬオシャレさがある。

福留:WATCHES & WONDERS GENEVAはジュネーブで開催されるスイス時計の祭典ですが、この4ブランドは奇しくもすべてパリが本拠地。時計が時間を知るための道具とみるならば、それはもう、ずっと昔に完成している。

鈴木:そもそも、時間を知ることができる道具はいまや腕時計だけではないですしね。

福留:だからこそ、そこに各社が様々な価値、魅力を与えているのが現在なのですが、これら4ブランドのアイデアはどれも時計専業のブランドからはなかなか出てこないと感じます。

本間:そしてそのアイデアを実現する、それぞれの会社の高い技術力とチャレンジ精神、そして遊び心。

鈴木:こういう強力な勢力がいる一方で、では、スイスの時計専業ブランドはどう出るのか? そのあたりは、別のページにて語りたいとおもいます!