物語に込められた多様性
切なくもあり哀しみと、そこはかとないあたたかさや愛情を含みつつ、物語は進む。台詞とダンスが織り交ざり、しかもシャンソンも使用しての1時間45分の間、異なる世界へと誘った舞台は、観る者にそれぞれの思いを抱かせながら、やがて終わりを告げた。東京パノラマシアターならではの舞台は、たしかな存在感を放った。それは次回公演への期待を抱かせた。
特筆すべきは、多くの出演者それぞれが存在と輝きを放ったことだ。以前の取材でこう話している。
「私は俳優としてもダンサーとしても、けっこう下積みが長かったんですね。だから思うんですけれど、メインのキャストの方にもちろんストーリーがあるけれどアンサンブルと呼ばれているメンバーにもちゃんと一人一人ストーリーがあるんですよね」
「例えば、あそこの公園で今、親子が楽しそうに遊んでいるじゃないですか。あっちの椅子に座っているサラリーマンはちょっと悲しい顔してる。疲れてるのかな。たぶん事情がそれぞれにあるじゃないですか。この情景がすごくリアルで、この世界が美しいって私は思うんですね。主役がいて、脇役がそのために存在する、商業演劇はそういうつくりですし、それも素敵だと思います。でも私たちの世界をリアルに切り取って舞台上にのせる、脇役でもちゃんと1人の主人公として生きている、誰もが自分の人生の主人公として動いているという思いが私にとって作品を作る上で大切なんですね。みんな自分が主人公だと思って生きている方がリアルな舞台なんじゃないかなっていつも思っています」
その体現でもあった。しかも出演した役者やダンサーは、今日までの経歴や背景がさまざまだ。にもかかわらず、集団として舞台を築き得たことも融合であり、物語に込められた多様性を尊重する願いとも相通じる。
上演にあたっては、先の話にあったように3カ月の時間がかけられ、「みんなとのキャッチボールで」、と話している。
そこには、以前見聞きした演劇界での、演出家のトップダウンに近い形態はうかがえない。それでも、作品をまとめあげたのは、鈴木ゆまのリーダーシップにほかならない。
すると、こう語る。
「リーダーシップという点では、『滑走屋』に携わる中で学んだことが大きかったと思います」
『滑走屋』とは、今年2月、高橋大輔が立ち上げた新たな氷上での作品だ。鈴木ゆまは振り付け等で参加している。そこで何を得たのか。そして今年3月に予定される第2回公演への思いは——。(続く)