縄文時代と現代をつなぐ

「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」第1会場 撮影:畠山直哉

 そんな内藤礼は新たな展覧会の舞台として東京国立博物館を選んだ。内藤は今回の展覧会について、「この展覧会の構成は、縄文時代の《土版》との出会いから始まった」と話す。

 日本を代表する博物館である東博は約12万件の所蔵品を有し、その中には縄文時代の土製品も数多く含まれている。内藤はそうした縄文の遺物に、自らの創造と重なる人間のこころを感じたという。「縄文人の足型、サル、イノシシを象った土製品、シカの骨、ネコの毛。かつて本当に生であったものたちや、それらを見つめた人々は、いま生のうちにいるものたちに呼びかけている」(内藤)。死はかつての生。その生を感じること、自分のほかにも生があると感じることで、親密な協和が生まれてくるという。

 東博側もまた、展覧会のためにとっておきの舞台を整えた。展示会場は東博館内の3か所。平成館企画展示室、本館特別5室、本館1階ラウンジと、点在する3つの部屋をめぐるユニークなスタイルになっている。

 

建設当初の姿になった「特別5室」

内藤礼《死者のための枕》 2023年 シルクオーガンジー、糸 撮影:畠山直哉

 ハイライトは第2会場である本館特別5室。この展示室は“特5”の愛称で親しまれ、1965年に《ツタンカーメン》、1974年にはレオナルド・ダ・ヴィンチ《モナ・リザ》と世界各国の至宝を迎えてきた。本展では「地上の生の光」を重視する内藤の意向に合わせ、長年閉ざされていた大開口の鎧戸を開放。さらにカーペットと仮設壁が取り払われ、建設当初の「裸の空間」になった。

 がらんとした空間の床には小さなガラスケースが点々と置かれ、それぞれのケースに縄文時代の多様な遺物が収められている。ケースのひとつには重要文化財《足形付土製品》が。2〜3歳の子供を失くした親が、死を悼んで取った足形だと考えられている。

 壁面にはドローイングの連作《color beginning/breath》が並べて展示されている。目を凝らさないと見えないような淡い色彩から、明るく鮮やかなものまで、色の表情が豊か。この連作は本展で完結しているものではなく、西側の壁に展示された連作は今年9月に銀座メゾンエルメス フォーラムで開催される個展へと続き、東側の壁の絵は逆に銀座メゾンエルメス フォーラムで展示される連作からの続きなのだという。

 第1会場の平成館企画展示室では、本展の企画の発端となった縄文時代の《土版》(紀元前2000~前400年)と、内藤が2023年に制作した《死者のための枕》の対比が興味を引く。第3会場の本館ラウンジにはガラス瓶に水を満たした《母型》が置かれている。これは生と死の往還を表した作品だ。

内藤礼《母型》展示風景 2024年 水、ガラス瓶 撮影:畠山直哉

 生とは何か、死とは何か。人間の根源的な問いに対して、明確な答えが提示されているわけではない。そもそも万人が納得する答えなど永遠に見つからないだろう。流れる時間に抗うことができず、いつかは消えてしまう生命。生と死の両方を感じながら、自分の生き方を見つめ直してみたいと思う。