人気の物語を「物語絵」でより親しみやすく
物語をベースにした「物語絵」では、三大物語屏風の共演が見もの。三大物語とは『伊勢物語』『源氏物語』『平家物語』。平安時代から鎌倉時代に生まれた王朝物語や合戦物語のなかでもこの3作は特に名作として知られ、多彩な物語絵が残されている。
本展で鑑賞できるのは、俵屋宗達の工房が手がけた《伊勢物語図屏風》、岩佐又兵衛の工房作と目される《源氏物語図屏風》、土佐派による《平家物語・大原御幸図屏風》。いずれも見ごたえがあるが、特に《源氏物語図屏風》が印象的だ。
というのも、この《源氏物語図屏風》は心なしか俗っぽい。数ある源氏物語図の中で「日本一下世話な作例」とさえ言われることもある。『源氏物語』五十四帖のうち、「桐壺」「若紫」「葵」「胡蝶」など十二帖の名場面がダイジェスト的に描かれているのだが、登場人物が何とも生身の人間くさい。
サービス精神旺盛な「若紫」「葵」
例えば「若紫」。北山を訪れた光源氏は、通りかかった僧庵で雀を追うひとりの少女を見る。当時10歳だったその少女は若紫、すなわち後の紫の上。彼女との出会いに運命を感じた光源氏は少女の後見を申し出たが、結婚相手とするには幼過ぎたため、僧庵の尼君は本気にしなかったという。
《源氏物語図屏風》には、光源氏が若紫を見つけたまさにその場面が描かれている。物陰から少女を覗き見る源氏の顔は真剣そのもの。10歳の少女を食い入るように見つめるその視線、現代であれば“あぶない人”と思われてしまいそうな気もする。
「葵」のシーンも、一般的な作例とはずいぶん趣が違う。賀茂祭で賑わう京の一条大路。祭りの見物に来ていた六条御息所の車は、源氏の正妻・葵の上が乗った車と見物の場所争いを起こし、乱闘になってしまう。
《源氏物語図屏風》では、その乱闘の場面が派手に描かれているとともに、車の物見窓からは六条御息所が顔を覗かせている。六条御息所は一般の人々に顔を見せることはない高貴なお方。それがここでははっきりと描写されている。サービス精神旺盛と言おうか、下世話と言おうか。珍しい源氏物語図である。
『源氏物語』関連では、紫式部の曾祖父で公家歌人であった藤原兼輔をモデルにした《上畳本三十六歌仙 絵切 藤原兼輔》や、文机の料紙を前に筆を手に思案する紫式部の姿を描いた狩野常信《紫式部観月図》も出品されている。大河ドラマの紫式部像と比べながら、鑑賞を楽しむのも一興だ。