ファッションのグローバル化の波に抗う、フランスの小さなブランド〝LUTAYS〟。〝フランスらしい〟装いの復権を目指すディレクターのジャン-バティストさんが、その魅力と希望を語ってくれた。

文・写真=山下英介

パリ市内のアトリエでものづくりに励む、ジャン-バティスト・ルソーさん
©️Benjamin Boccas

お洒落のグローバルは是か否か?

 世の中の男のファッションが、どんどんつまらなくなっている。

 あくまで主観的な意見だが、これが筆者の偽らざる気持ちである。インターネットの普及や産業構造の変化など理由はいろいろあるけれど、要するに世界のすべてが均質化しつつある。あと10年もすれば、〝英国紳士〟も〝イタリア伊達男〟もいなくなるし、インドやアフリカの若者たちだって、きっと民族衣装を脱ぎ捨てて、みんな揃って手頃で機能的でけっこうお洒落な、〝ユニクロ的〟ファッションを楽しんでいるはず。職人の手を介さず服や靴ができる時代だって、もうすぐそこだ。それって見ようによっては一種のユートピアなのかもしれないが、少なくとも僕らが若かりし頃に夢見た世界とは、まったく違う。

 この連載ではそんな時代の潮流にちょっとでも抗うべく、インディペンデントなファクトリーや職人たちを紹介してきたが、海外にも僕とまったく同じことを考えている〝同志〟のような存在がいる。その代表格が、フランス・パリで〝LUTAYS〟(リュテス)というブランドを運営している、Jean-Baptiste Rosseeuw(ジャン-バティスト・ルソー)さんだ。

 

ベルギー人がつくるフレンチクラシック

ジャンさんは現在35歳。ベルギー・ブルッセルで大学を卒業後、〝コルテ〟や〝ボッテガ・ヴェネタ〟〝ラヴァーブル・カデ〟などのブランドを経て独立。2019年に自身のプロジェクト〝LUTAYS〟を立ち上げる
©️Benjamin Boccas

 彼はベルギー人でありながら、フランスのクラシックファションに惹かれ、この地でブランドを設立。フランスの軍人やアーティスト、労働者たちの装いからインスパイアを受けたカジュアルジャケットを、フランスらしい生地、かつフランス国内での縫製にこだわってつくり出している。

 そのラインナップは、フランス空軍のユニフォームをルーツにもつミリタリージャケット「エース」、小説家のエミール・ゾラから名を拝借したカバーオール「ゾラ」、農夫のスモックをアレンジしたプルオーバー「ブーデール」など、今のところたったの5つ。これらをベースにサイズや生地をアレンジしていく受注生産のシステムだ。そのデザインやクオリティに関しては、なんともロマンをくすぐられる出来で、カジュアルスタイルに取り入れやすい点も、購買意欲をかきたてられる。実をいうと、筆者もすでに2着所有している。 

アトリエに揃えたジャケットの数々。各モデルの詳細や注文方法はHP(https://lutays.com)を参照してほしい
©️Benjamin Boccas

 しかしひとつだけ問題が。〝LUTAYS〟はフランス国内でのものづくりにこだわるあまり、その商品はカジュアルジャケットとしてはかなり高額。ヨーロッパのメゾンブランドと同クラスの価格になってしまうのだ。そのため筆者を含めた周囲のファッション業界人は、「コストの比較的安いイタリアで生産して、もっと現実的な価格に設定したほうがいい」などとこぞってアドバイスするのだが、ジャンさんは決して折れない。いわゆる販売代理店を通さずに、志を同じくする小売店やギャラリーと直接ビジネスをすることで、本当にクラシックファッションを愛する顧客にターゲットを絞った、小さなコミュニティをつくろうとしているのだ。

 ベルギー人の彼が、なぜこのようなプロジェクトに挑むことになったのか? そして彼はなぜそこまで〝フランスらしさ〟にこだわるのか? パリで新設した新しいアトリエで働く彼に、聞いてみることにした。

 

外国人だからわかった、フレンチファッションの魅力

──あなたのファッション的なルーツはどこにあるんですか?

ジャン 私は今35歳ですが、昔から不思議とエレガンスや手仕事に興味がありました。ファッションにおいても、着る人を美しく見せるだけではなく、文化的にも道徳的にも高めるようなものが好きなんです。たとえばオーセンティックなボーダーのニットやビスポークの靴は、美しいだけではなく、それを手に入れることで、地域の職人文化をサポートできますよね? 私はファッションにおけるシニズム(冷笑主義)や脱構築的な態度は、好きではありません。理想主義者なんです。

──なぜベルギー人のあなたが、フランスのクラシックファッションにこだわるのでしょうか?

ジャン ベルギーとパリは、ファッション面でとても親密な関係にありますから。ただ、同じ言語と文化を共有してはいるものの、あくまでブリュッセル出身の私は、フランスのファッションにおいてはアウトサイダーとしての立ち位置にあります。創造する上では、この視点が大切なんです。

──その魅力はなんですか?

ジャン これについては本が一冊書けますが(笑)、一言でいえば、その土地や文化、そしてサヴォアフェール(クラフツマンシップ)の魅力です。フランス革命のときに革命党員が着ていたジャケット「カラマニョール」、バスク地方で履かれたエスパドリーユ、80年代のBCBG族が着ていたラコステのポロシャツ……。それぞれの時代、社会階級において、普遍的なアイコンがありますよね。

 

フランスにまつわる様々な文化的、歴史的モチーフを考証し、それらをアップデートすることで、〝LUTAYS〟のジャケットはつくられる

 

──そういえば、以前はレザー製品で有名なフランスブランド〝カミーユ・フォルネ〟に勤めていましたね!

ジャン 私は様々なブランドでキャリアを積んできたのですが、最近では手袋メーカー〝ラヴァーブル・カデ〟で、マネージング・ディレクターを担当していました。こちらは歴史のある名門だったのですが、ビジネス的な問題を抱え、〝カミーユ・フォルネ〟の傘下でリブランディングする必要があったのです。ここで私は3年間働き、誠実なものづくりとビジネスとは両立できることを、証明しました。そこで次なるプロジェクトとして、〝LUTAYS〟に取り組むことにしたのです。

 

クラシックはイタリアとイギリスだけじゃない

こちらはフランス空軍のユニフォームをアレンジした代表モデル「エース」。無骨になりがちなミリタリーモチーフを、美しいシルエットや、クチュール技術を駆使した繊細な縫製によって、エレガントなイメージにアップデートしている

──〝LUTAYS〟のコンセプトはなんですか?

ジャン 今までクラシックなメンズウエアといえば、イタリア、イギリス、アメリカしか取り上げられなかったことに、不満を感じていました。なのでこのブランドの第一の役割は、クラシックなフレンチスタイルを男のワードローブに取り入れることです。第二は、そのノウハウを活かしつつも、現代の男性が求めている、カジュアルエレガントなジャケットをつくることです。そしてこれには、フォーマルなテーラリングよりも、フランスのクチュール技術を駆使することが効果的です。ちなみに〝LUTAYS〟というブランド名は、パリの古い呼称である〝Lutèce〟から名付けました。

トワルを駆使したパターン製作から、フレンチクチュールらしい抑揚に富んだシルエットが生まれる

──生産はすべてフランスなんですよね?

ジャン はい。生産を外国に委託しつつ、フレンチスタイルを語るなんて〝偽りの約束〟ですから、多少高額になったとしても妥協せず、パターンも縫製もすべてフランスで行なっています。フランスらしさの復権こそこのブランドの目的ですから、私の人格や経歴すら、このブランドには持ち込んではいけないのです。ベルギー出身のマルタン・マルジェラは、自身のブランドではベルギーらしいものをつくっていますが、〝エルメス〟ではフランスらしいデザインに落とし込んでいますよね? それと同じことです。

──でもこのご時世、フランスでものづくりするのは大変なんじゃないですか?

ジャン フランスは他のヨーロッパ諸国との商業戦争にさらされ、20世紀以降はものづくりのノウハウを急速に失っていきました。コストよりもクオリティを追求していましたからね。しかし素晴らしいものはまだ残っていますよ。北フランスのリネンやレースもいいですし、リヨンにはフランス王政時代に設立されたシルク工房が、まだ残っています。また、使いこなすにはかなりのセンスが必要ですが、南フランスには梨の木の版木を使って天然素材で染色した、プロヴァンス生地と呼ばれる更紗もあります。フランスは時代や地域ごとに探っていくことで、魔法のようなモノが見つかるんです。

〝LUTAYS〟のオーダーは、ベースとなるモデルとそのサイズに、こだわりの生地を組み合わせる受注生産。英国製のリネンなども選べるが、なかでもおすすめしたいのは、市場にはあまり出回らないフランス産の紡毛ウールだ。英国ものとはひと味違う発色をご覧あれ

──色のセンスも独特ですよね?

ジャン ブルー系の色彩が最もフランス的ですね。なかでも〝bleu Nattier(ブルーナティエ)〟や、〝bleu de France(フレンチブルー)〟が特別です。革なめし工場で見つかるベージュやブラウンの色合いも面白いですし、ホワイトとブルー、ベージュとオレンジといった組み合わせの妙もありますよね。

 

テーラリングとクチュールの融合!

──〝LUTAYS〟の洋服はどんな環境でつくられているんですか?

ジャン ノルマンディ地方にあるアトリエで、熟練したクチュリエたちが仕立てています。この地域はクリスチャン・ディオール氏の出身地でもあり、オートクチュールの世界では有名なんです。もともとフレンチクチュールの技術はウィメンズウエアのために生まれたものですが、私はこれをメンズウエアに落とし込むことを考えました。クチュリエたちも新しいプロジェクトに積極的に取り組んでくれて、このユニークなものづくりが生まれたというわけです。

ノルマンディのアトリエにて。手縫いに固執せず、ミシン縫いを併用して仕立てられるそのジャケットは一見そっけないが、その分パターンを際立たせて、実にエレガント。イタリアの仕立てジャケットとの方向性の違いが、とても興味深い

ノルマンディのアトリエにて。手縫いに固執せず、ミシン縫いを併用して仕立てられるそのジャケットは一見そっけないが、その分パターンを際立たせて、実にエレガント。イタリアの仕立てジャケットとの方向性の違いが、とても興味深い

 モデルや生地の歴史的リサーチにはじまって、本物の技術を持ったアトリエ探し、テーラーメイドとクチュール双方に精通したモデリスト探し、フランスの生地メーカー探し……。長い間試行錯誤しましたが、今ではすっかり解決しています。

コロナ禍ゆえジャンさんが熱望している来日トランクショーは未だ叶わないが、東京の「gallery ATELIER」と大阪の「Q retailor」で取り扱いしているので、ぜひチェックしてほしい
©️Benjamin Boccas

──本場のフランス人からの反応はどうですか?

ジャン 自国の歴史や文化に興味のある方々からは、とても喜ばれます。自分の思い出やライフスタイルと結びついていますからね。また、現代のフランスにはミッキーマウスのTシャツやヤンキースの野球帽を身につけているような人も多いですが、そういう人には嫌われています(笑)。どちらにせよ、雑誌などに掲載されるたびに強い反応があります。

──なるほど、そういう否定的な反応も含めて、〝LUTAYS〟の存在はフランスらしい洋服について考える、きっかけになっているのかもしれませんね。 「イタリアで生産したほうがいい」なんてアドバイスしちゃいましたが、取り消します!

ジャン そういう意見も理解しますが、〝LUTAYS〟の服は単なるプロダクトではなく、ある種の工芸品です。現代のお客様たちも妥協しない本物を望んでいるのではないでしょうか。フランスのメンズウエアやクチュールにはまだまだ探求すべき点がありますし、私はこれからもそれを追求していきますよ。先ほども言いましたが、私は理想主義者ですから(笑)。