たったひとりで帽子屋「cauda(コーダ)」を主宰する職人、奏弥(かなみ)さん。
シンプルだけれど独創性にあふれる彼女の〝ものづくり〟と、〝キャリアづくり〟に迫った。

文・写真=山下英介 撮影協力/ライカカメラジャパン

2021年3月下旬、都内にあるアトリエにて取材

古着を着たアンナ・パブロワ

 1990年頃から「古着の聖地」といわれ、感性豊かな若者たちを惹きつけてきた街、高円寺。それが昨今の古着ブームを受けて、人気が過熱。土日の繁盛ぶりは言うまでもないが、平日から行列をつくっているお店もあるほどだ。

 そんな高円寺の古着屋さんのひとつで出会ったのが、奏弥(かなみ)さんというスタッフである。そのお店がテーマとして掲げるヨーロッパのミリタリー古着を、〝メゾン マルジェラ〟や〝エルメス〟などのデザイナーものとミックスしてお店に立つ彼女の姿は、まるでモード誌から抜け出したようなセンスのよさ。しかもショップのInstagramには、バレエから影響を受けたと思しき独創的なポーズとともに、そのスタイリングを次々とアップしている。ちょっぴりシュールでなおかつエレガントなその姿は、あたかも古着を着たアンナ・パブロワ!?  コクトーやディアギレフが活躍したバレエ・リュスの世界である。そんなインスタ効果と、従来の古着屋さんのイメージとはかけ離れた(失礼!)、丁寧でホスピタリティあふれる接客とが相まって、そのお店は瞬く間に行列店へと育っていった。

 きっとこの方はオーナーさんか、名うての業界人に違いないと思い込んでいたのだが、奏弥さんは昨年でそのお店を退職。なんとひとりで帽子ブランドを立ち上げ、自ら職人としてものづくりに励んでいるという。いったいこの方はどういうキャリアの持ち主で、どういう帽子をつくっているのだろう? そんな疑問を解決すべく、彼女のアトリエに伺ってみた。

マルジェラ期の〝エルメス〟のジャケットとパンツ、奏弥さんがものづくりの姿勢に影響を受けているというデザイナー、西谷誠人さんが手がけるブランド〝sus-sous(シュス)〟のスリーピングシャツという、フレンチヴィンテージテイストのコーディネート。帽子はもちろんご自身で仕立てた「cauda」のベレー帽だ。「本当に洋服が好きだから、洋服を邪魔しないものをつくりたい」と奏弥さん

編集者から〝手に収まる〟仕事へ

──古着屋時代から疑問だったのですが、帽子の職人さんになられたことにも驚きました。もともと奏弥さんは、どういうキャリアを辿って来られたんですか?

奏弥:大学卒業後、医療系の編集者として働きながら、20代後半で夜間の帽子学校に通って、帽子のアトリエに転職しました。そこは妊娠をきっかけに退職したんですが、その後はアルバイトとして古着屋で働きました。

──えっ、アルバイトたったんですか? それにしても医療系の編集者とは、ファッションとはかけ離れた世界ですね。

奏弥:大学は栄養学専攻で、そもそもそれが、しっくりきていなかったんです(笑)。本が好きだったので、大学での勉強を活かして就職するなら編集の仕事だと思い医療系の広告代理店に入社しました。どうしようこれでいいのかな、と思いながらも大学病院の先生に取材をしたり、医薬品の記事をつくったりしていました。ただ、オフィシャルな人付き合いや言葉遣い、社会人としての立ち居振る舞いを身に付けられたことはよかったですね。

──なるほど、古着屋さんとは思えない丁寧な接客の謎が解けました(笑)。

奏弥:その頃、近所のギャラリーにたまたま入ったら、そこが帽子作家さんの展示会だったんです。昔からファッションは好きだったのですが、その立体的な造形に改めて惹かれたのと同時に、「これだ!」と思いました。帽子づくりって、パターンから縫製までぜんぶひとりでできる、〝手に収まる〟仕事なんだな、と。

 情報を集め、多くの人との関わりのなかでものをつくり上げる広告代理店編集者という仕事をするうちに、もっと原始的にひとりで最初から最後までできる仕事をしてみたいなという思いが募って、夜間の帽子学校に通い、その後転職しました。

6畳ほどの小さなアトリエには、ミシン一台と、フレンチアンティークな作業台、そして棚だけが置かれている。まさに〝手に収まる〟仕事場だ

──なるほど、〝手に収まる〟仕事ですか。でも、それがどうして古着屋さんに?

奏弥:出産後は自分で帽子をつくり始めたのですが、自分の大好きなヨーロッパ古着やヴィンテージ家具に合うものが、どうしてもできなかったんです。帽子だけ新品の人みたいで、ぜんぜんなじまない、みたいな(笑)。それならいっそ古着屋さんで働いて、古いものの世界にドボンと浸かって、その感覚を自分の中に染み込ませれば、自分がつくる帽子にも自然と滲み出てくるんじゃないか、と。それで「encore(アンコール)」という高円寺の古着屋さんに、履歴書を持ってアルバイトの面接に行ったんです。

──もともと業界に繋がりがあったわけじゃなかったんですか?

奏弥:はい。「アンコール」は、このエリアではヨーロッパ古着の先駆けみたいなお店で、自分も好きで通っていました。その面接のときに、今度「militaria(ミリタリア)」というニューショップをオープンさせるから、そこで働かないか、と言われたんです。当時は34歳だったのですが、新しいことにチャレンジするなら、今がチャンスなのかな?という感覚もあって、働かせてもらいました。

 

ミリタリー古着をピースフルなイメージに!

生地を木型に貼り添わせ、イメージした形になるよう調整を繰り返して生み出したパターンをもとに、手縫いとミシン縫いを併用しながら仕立てる「cauda」の帽子。個性的ながらも過剰にならない、絶妙な線を狙っているという

──それで「ミリタリア」に行き着いたんですね! まさかアルバイトとは思いませんでしたが。

奏弥:主婦のアルバイトです(笑)。

──でも、Instagramにアップされていた写真には、〝やらされている感〟は微塵も見られませんでしたよ。

奏弥:ミリタリー古着そのものは、とても魅力的な洋服です。でも、その背景と現在を考えたときに、提案する側としては、ただ〝かっこいい〟だけではいけないような気がしたんです。

──世の中には、そういうものに対して、拒否反応を示す人がいるのも事実ですよね。

奏弥:だから、かつては軍服としてつくられたものを、今は平和のために着よう、という願いを込めて、バレエやバリ舞踊などをもとにしたポーズを添えてみました。小さい頃からバレエをやっていたのですが、もともと舞踊という芸術には、平和への祈りが込められているものが多いですよね。そういうメッセージを込めたポーズによって、ミリタリー古着を楽しく、明るく、ピースフルなファッションへと昇華させたいな、と勝手に思ったんです。

──それは初耳でした! 反戦のヒッピーたちがあえて軍服を着たときのようなメッセージが、あのポーズには秘められていたんですね!

奏弥:辞めた後で言われてもって感じですよね(笑)。もちろん、お客さんには、ミリタリーウェアを「かっこいいじゃん」という理由で選んでいただいてよいのですが、販売する私にとっては、そういう意図が必要でした。もちろん、お店でそんなこと言っているのは、私だけでしたけれど(笑)。

──ご自分の考えでやられていたんですね。アルバイトなのにポジティブだなあ。僕だったら「雨降ってヒマになんないかな」って祈っちゃいますよ(笑)。

奏弥:出産後は仕事から離れていましたから、働ける喜びが大きかったですね。生まれたばかりのお店だったので、お店と自分の状況とが奇跡的にリンクして、一緒に成長したい、と思えたんでしょうね。