古着から学んだ、その人らしくあるための帽子づくり

フランス軍のモデルをモチーフにしながらも、浅すぎず、トップをより立体的なフォルムにアレンジして、日本人が被りやすいようにつくったというベレー帽。男女ともに被れるユニセックスなデザインでお客さんの男女比は半々だという。「cauda」の帽子の注文方法はInstagram にてアポイント日程等を確認した上で、メールよりお問い合わせを。群馬県と鎌倉にあるセレクトショップ「ベルーリア」と、静岡県のヴィンテージショップ「3洋装店」で購入することも可能

──さて、そんな一時代を築いた「ミリタリア」を退職されて、2020年にはいよいよアトリエ「cauda」を設立。ご自身の帽子づくりが始まるわけですね。

奏弥:もともと帽子をつくるために働きはじめたので、そろそろ自分自身の仕事をする時期がきたのかな、と思いました。

──帽子づくりの技術は、学校や働いていたアトリエで習得したものがメインになっているのですか?

奏弥:そうですね。最近では、他の方と一緒にものをつくる過程で、学校や働いていた帽子のアトリエとはまた違った縫製技術や、経験による知恵を学ぶことができました。素材の特性に合わせて臨機応変に見えない部分までつくりを変えていく点などは、「cauda」の帽子にも活かされています。

ただ帽子づくりのバックボーンという視点で言うと、洋服が好きということに尽きるのかもしれません。今まで本当にいろんな洋服を着てきたし、洋服の存在を邪魔せずになじむものを、という思いでつくっているので。古着屋さんで働く前は、今つくっているようなものはできませんでしたから。

私が今まで触れてきたミリタリーウェアには、意味のないデザインはひとつもなく、機能性や利便性に基づいてつくられているのですが、だからこそ、多くの人々に喜ばれ、長く愛されるものになるんですよね。昔は「自分らしいもの」をつくりたい、と思っていたのですが、今はみんなにとって便利なもの、つまり「その人らしいもの」をつくるのが目標になりました。

──お客さんにとっての「自分らしさ」ということですね。

奏弥:はい。たとえばバケットハットは、普通なら頭まわりをタイトにして、深いツバがつきますよね? でも私がつくるものは、前頭部はぴったりさせるものの、後頭部にはあえてたわみが出るように、生地に余裕をもたせています。これによって頭に乗せた時に生地が動き、被ったり洗ったりしているうちに被りグセがついて、その人らしいフォルムになっていくんです。3サイズ展開しているのですが、後頭部にはゴムを入れてずれにくくしているので、必ずしもジャストサイズを被る必要もありません。私が一番大きなサイズを被ってもいいですし。

こちらがフレンチリネンでつくった、「cauda」流のバケットハット。サイドに出た「たわみ」がわかるだろうか。自分の頭囲より小さいサイズをトップをつぶして頭に乗せるように浅く被ってもよし、大きめサイズをブカリと深く被ってもよし。被り方がそのままクセとして残り、その人なりのスタイルをつくってくれる帽子だ

──あ、裏地と表地の寸法がちょっと違いますね!

奏弥:裏地は頭に沿わせているのですが、表地はそれより少し大きく設計しています。この余剰が被る人らしさをつくると思っているので、サイズを選ぶところから自由に楽しんでほしいですね。

──洗いをかけたような生地もいい雰囲気ですね。

奏弥:帽子を縫い上げた後、洗いをかけて仕上げています。ですから、もちろんご自宅で洗濯もできます。生地はフレンチアンティークやフランス軍のリネン、イタリア軍のヘリンボーン織コットンといった古いものを中心に、私が触って気に入ったものだけを選んでいます。

 

「これしかできない」=「これならできる」、引き算の生き方

──1日に何個くらいつくれるんですか?

奏弥:働ける時間に限りがあるので、2個くらいかなあ……。皆さんそれぞれの生き方、仕事のやり方があると思うのですが、私の場合は「このやり方はできない」とか、いろんな事情を引き算しながら導いていって、「これしかできない」という形にたどり着いたわけです。逆にいうと、「これならできる」という確信があったのですが。

裏地に対して表地を大きめに使うことで、独特のニュアンスを生み出すバケットハット。微妙な加減が必要となる縫製には、手縫いの工程が欠かせない

──子育ても大変ですからね。

奏弥:実は数年前にシングルマザーになりまして、仕事はしなくてはいけないけれど、自分のやりたい育児もしたい、そうすると外に働きに出るのも難しい……。それならば自分で仕事をつくろう!ということで、小さなアトリエで、帽子づくりをはじめたんです。

──なるほど、それは確かに「引き算の生き方」が求められる状況ですね。

奏弥:ふたりで楽しく暮らしてはいますけれど(笑)。今は小学4年生で、あまり手はかからなくなったんですが、週に5日バレエ教室に通っていて、夕方はその送り迎えがあるんです。バレエは努力も才能も必要な世界なので、できなくて泣いていることもあります。それでも娘は好きなことにまっすぐに向き合って、毎日一生懸命がんばっている。そんな尊敬すべき彼女の夢をできる限り応援したいというのが、私の育児なんです。もちろん、お金を稼ぐことはとても大切ですが、そう考えると、今の仕事のやり方が一番なんですよね。

──そこで、編集者時代に出合った、帽子という〝手に収まる仕事〟がぴったりきたんですね。

奏弥:去年の夏にアトリエをつくって、お客様とバイヤーさんにお越しいただけるようにしたのに、あるのはベレー帽2型だけ(笑)。次の型の構想はモヤモヤっと頭の中にあって、ようやくこの3月に、「あ、今新しいのできそう!」と思ってつくったのが、このバケットハットでした。2、3型しかないなんて恥ずかしいよ、という気持ちもあるんですが(笑)、それでも購入してくださる方はいるし、中途半端な考え方で出したものではありません。世の中に帽子はたくさんあるし、その隙間でやるんだったら、大切なのは数ではないと思いますし。このやり方だったら、広いファッション業界の片隅に、私ひとりの居場所くらいはあるんじゃないかなって。

──世の中が大きく変わりつつあるとはいえ、やはり女性の場合、いまだに人生の節目節目で、キャリアの壁に直面せざるを得ない現実がありますよね。そんな中で奏弥さんの生き方って、すごく柔軟というか。「こういう手があったか!」と思う人もいるのでは?

奏弥:私もアルバイトの履歴書を書くのは不安でした。歳も歳だし、ずっと働いていなかったし。でもそれをジャッジするのは自分じゃありませんから、勝手にひとりでダメだと思い込まない、勇気が大切なのかもしれません。ただもちろんリスクもありますから、不安と可能性とを、冷静に見極めるべきですよね。

大学卒業後、医療系編集者として働きながら、20代後半で夜間の帽子の学校へ通い、帽子のアトリエで勤務。出産後の2016年から4年間高円寺の古着屋で勤務。2020年、夏の終わりに帽子屋「cauda」を立ち上げる

──現実を冷静に把握しながらも、理想に近づいていく奏弥さんのバランス感覚は、絶妙ですね! ただそうあるためには、自分がその時置かれた状況で最大限楽しんだり、学んだりする、ポジティブさが必要なのでしょうが。

奏弥:私の場合は怖がりなのですが、立ち姿だけは前のめりみたいです。だからどんなに怖くても、足は踏み出しているという。よくも悪くも諦められない性格もあります(笑)。最近では、自分がやることに覚悟を持って取り組むことが大事だと思っています。

──これからの目標なんて、ありますか? たとえばアトリエを大きくして人を雇うとか……。

奏弥:うーん、どうかな〜。雇えるかな〜。やっぱり無理かな〜(笑)。将来の目標というのはあまり考えてなくて、ただ、継続していきたい。たとえ年齢を重ねても、場所が変わっても、この仕事を続けていけるように……。うん、臨機応変に続けていくのが、一番の目標ですね。