師走の都内、首都高速を走らせた、その乗り味をお届けする。師走の東京はLEDに彩られ、今夜8時になれば、サンタがうちにやってくる気配に覆われて始めていた。LEDに彩られた年末年始の東京でドラマが起きるとしたら、レヴァンテのようなムードあふれるクルマのなかで、であるに違いない。

文=今尾直樹 写真=山下亮一

東京駅前を走るレヴァンテ トロフェオの2019年モデル。レース由来のテクノロジーによって、全長5020×全幅1985×全高1790mm、車重2340kgの巨体がコンパクト・カーのように俊敏に反応する。

何事かを予感させる通奏低音

 むおおおおおおおッという、地の底から湧いてくるような力強い胎動を感じる。マセラティ史上初のSUV、レヴァンテの旗艦、トロフェオで最も印象的なのは、ゆったりフツーに走っているときにも常に聞こえてくる、何事かを予感させる、あの通奏低音だ。

 それはフロントに搭載する3.8リッターV8ツインターボから発せられている。最高出力590ps、最大トルク734Nmという膨大なエネルギーを生み出すこのフェラーリ特製エンジンが乗員、ドライバーのみならず、後席に座る人にだって、それが何時だろうと、そうねだいたいね、胸騒ぎの腰つき、と言いたくなるようなムードをつくり出す。いわんや、より近しい人が座る助手席においてをや。

フェラーリがマセラティのために製造している3799ccV8ツインターボ。最高出力590ps/6250rpm、最大トルク734Nm/2500rpmを発揮する。

 もちろん、これらは筆者の妄想であって、そのようなエネルギーを感じない方もいらっしゃるだろう。であるにしても、少なくとも筆者をして、そのような妄想を喚起させる力を、このレヴァンテ トロフェオは持っている。そして、その妄想喚起力こそ、レヴァンテ トロフェオの魅力である、と筆者は申し上げたい。

 ひとたびアクセルを踏み込めば、むおおおおおおっという通奏低音は、音階も音量も一変し、情熱的な咆哮に変わる。8本の猛烈なピストン運動とともに虎のごとく飛びかかり、いや~ん、いやよいやよも好きのうち、というようなことはいけないことですけれど、ともにもかくにもフロント・スクリーンに映る景色をグワッと手繰り寄せる。人間の欲望を手に入れる手段としてマシンがここにある。

東海道新幹線の最高速度を上回る

 カタログの最高速は304km/h(!)。東海道新幹線の最高速度285km/hを大幅に上回る。法律と環境さえ許せば、大人5人を乗せて、東京から大阪まで、のぞみスーパー・エクスプレスより早く到着できる(可能性がある)。0-100km/h加速、すなわち停止状態から時速100kmに至るまで、3.9秒しかかからない。「4つ数えろ」とボギーがいっている間に、日本のたいていの高速道路の最高速度に到達する。車重2340kgという巨体にして。

 空気抵抗は速度の2乗に比例するので、速度が上がれば上がるほど、空気は壁となる。レヴァンテのように車高の高いクルマならなおさら。トロフェオは、その巨大な空気の壁をぶち破るパワーを持っており、そのパワーが、繰り返しになるけれど、私をして妄想に駆り立てる。

 もう少し順序立てて語ってみよう。マセラティ初のSUV、レヴァンテの旗艦であるトロフェオを走らせたのは、マセラティが創立105周年を迎えた2019年12月の某日夜のことである。師走の東京はLEDに彩られ、今夜8時になれば、サンタクロースがうちにやってくる気配に覆われて始めていた。

前265/40R、後ろ295/35の、ともに21インチという巨大なタイヤが、相対的に巨象を仔象に見せている。

 マセラティ ジャパンが2019年モデルとして導入したレヴァンテ トロフェオの広報車は、ネロ・リベッレ(Nero Ribelle:反乱の黒)と名付けられたボディ色に、単にロッソと呼ばれる内装色というステキな組み合わせである。聖職者の服の色である黒、に対する、軍人の服の色である赤。いや、サンタクロースの色である。夜の帳に包まれたその赤は黒みがかかってボルドーにも見える。それはあなた、ワインの色だ。

 マセラティは風にちなむ名称を、1963年発表のミストラル以来、モデル名に使っている。レヴァンテとは、地中海西部に吹きつける東風だという。東風というと、菅原道真の句「東風(こち)吹かばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ」を思い出す人もいらっしゃるかもしれない。道真の句はいささか怨念込みのようにも思えるけれど、東風は春を告げる、その意味ではたいへんゲンのいい名前だといえる。