photographer:Michinori Aoki

 フランスの高級万年筆・ライター・装身具のメーカー、エス・テー・デュポンにデザインを提供したプロダクトデザイナーの吉田眞紀さん。パイプをメインに喫煙具などの輸入・販売・製造をする柘製作所をパートナーにステッキをつくりはじめて1年が経った。眞紀の”MA"に柘の”TSU”で、ブランド名は”MATSU"。吉田さんに柘製作所との協業の経緯や関係性、これからの展望を聞いた。

 

関係は35年以上になる

 吉田眞紀さんと柘製作所との関係は35年以上になる。

「マイカルタ製のボールペン、ベークライト製のカフリンクス、銘木や金属、樹脂製の葉巻ケースなどの製造を依頼したことがあります。当時から柘製作所の技術はすばらしく、いずれの製品も図面どおりに正確に、そして美しく仕上げていただきました」

 二者には、互いに尊敬し合う関係が構築できたという。
 
 では、ステッキ”MATSU"はどうやって生まれたのか。それは吉田さんがスキーの事故で足を粉砕骨折し、1年半のステッキ生活を余儀なくされたことに起因する。

「出来合いのステッキに満足できなかったんです。カッコよくない、というのもヘンな話なんですが。それで柘製作所につくってもらうことにしたんです」

ハンドルはキャンバス・マイカルタ(綿布にフィノール樹脂を染み込ませ、積層に加熱して成形)で、シャフトにはカーボンファイバー。18万円(税別)

 で、その世界で1本しかないステッキは街中や病院で注目された。男女を問わずたくさんの中高年に声をかけられ、質問ぜめにあった。

「中には若い人もいました。どこで買えるのか? と尋ねられ事情を説明すると、皆さん残念そうな顔をされました。とくに英国紳士然とされた方からの質問は本格的でした。20世紀初頭まで帽子とステッキはセットで、ともに地位や富を象徴するアイテムであり、お洒落のアイコンでもあったわけです。その紳士は素敵なソフトハットをかぶってらしたので、ぼくのステッキが気になったんでしょうね」

 たしかに、映画『街の灯』のチャールズ・チャップリンは山高帽に竹のステッキだ。

 ステッキはビジネスとして成立するのではないか、と吉田さんは考えた。団塊の世代は70歳代、もはや日本は超高齢化社会である。お洒落な、美しいデザインの転ばぬ先の杖があってもいい。それは実用性だけでなく生活に豊かさのようなものをもたらすはずだ。自身がそうであったようにコミュニケーションのきっかけにもなるだろう。さっそく吉田さんは、柘製作所へステッキ製造・販売の事業計画書を持ち込む。

透明のアクリルと真鍮を組み合わせたハンドル。シャフトは白樫にスリ漆(うるし)を10回施してある。ウィメンズ用。9万円(税別)

技術には自信がある

 その頃、事業を多角化してきた柘製作所は、堅調なパイプ製造に注力しようとしていた。分煙が進んで喫煙ができない場所が増えた。空港のような大型の施設にはガラス張りの喫煙室があるけれど、そこでパイプを吹かしている人を見たことがない。それはパイプ喫煙が思索に耽るにふさわしい嗜みであり、趣味性が高いものだからだ。つまり、製造業に立ち返ろうと。何より技術には自信がある。そんなタイミングでのプロポーザルだった。

 契約が成り、さっそくデザイン画、仕様書をもとにサンプル製作へと進行。が、そこは旧知の仲である。

「見事なファーストサンプルでした。修正するところがまったくない完成品でした。工場長が若いころにぼくの製品を手掛けたことがある人だったんです。いろんな製品をいろんな材質でつくってもらいましたからね。ステッキもブライヤーウッド、樫、キャンバス・マイカルタ、アルミニュウム、カーボンファイバーなどを使用しています」

 中にはジュラルミン削り出しもラインナップされている。航空機用資材として知られ、超軽量で鉄鋼材と同程度の強度があるジュラルミンこそステッキにふさわしい。と、まさにプロダクトデザイナーならではの発想だ。

すべてをジュラルミン仕上げ。パイプ本体の曲面仕上げやマウスピースの削り出しといった高度な技術により、塊から作成。28万円(税別)

 「現行品は、価格をイギリス製の紳士靴と同じくらいに設定していますが、将来的には廉価版もリリースしたいと考えています。また、医療用ステッキの開発も視野に入れています」

 サイズ(長さ)はS、M、Lのスリーサイズだが、調整可能。メンズ用8種、ウィメンズ用6種の全15種。顧客からは「年をとるのが楽しみになった」「両親や年長者へのギフトとして好適」と評判がいい。あるファッションジャーナリストは「実用品というよりアートピース」と評してくれたが、吉田さんは「実用品でありアートピースでもある」ステッキを考えている。

カラフルなウィメンズ用。ハンドルは牛革の編み込みで、シャフトはメイプルを高級家具同様に複数回のウレタン塗装。各10万5000円(税別)

問い合わせ:株式会社柘製作所 Tel. 03-3845-1221