「動いているパ・リーグ選手が見られるのはオールスターと日本シリーズだけ」の状態を生んだ昭和の「巨人一強」時代 1961年10月、大阪球場で顔を合わせた巨人の長嶋茂雄と南海の野村克也(写真:共同通信社) 拡大画像表示 (画像1/5) 1964年2月、南海ホークス監督時代の鶴岡一人(写真:共同通信社) 拡大画像表示 (画像2/5) 1973年11月、巨人のV9を達成した監督の川上哲治(手前)、左は長嶋茂雄=後楽園球 拡大画像表示 (画像3/5) 1973年10月、リーグ優勝をかけて阪神―巨人の最終戦が甲子園球場で行われた。巨人が勝ちリーグ9連覇を達成したが、試合終了後、怒った阪神ファンが巨人ベンチになだれ込み、王貞治が突き飛ばされる事態に。巨人はその後、日本シリーズでも南海を降し、V9を達成した(写真:共同通信社) 拡大画像表示 (画像4/5) ダイエーへの球団売却が決定し、本拠地・大阪球場での最終戦を終えた南海ホークスのナインたち。球団旗を持ち場内を一周しスタンドのファンに別れを告げた。手を振るのは杉浦忠監督=1988(昭和63)年10月15日(写真:共同通信社) 拡大画像表示 (画像5/5) 「動いているパ・リーグ選手が見られるのはオールスターと日本シリーズだけ」の状態を生んだ昭和の「巨人一強」時代 この写真の記事を読む