
はんてん、浴衣など主に祭りや郷土芸能の衣装を手掛ける創業107年の老舗染物屋、京屋染物店(岩手県一関市)。近年は自社ブランドの立ち上げや事業の多角化を進め、祭りの中止が相次いだコロナ禍の中でも業績を伸ばしてきた。その成長を支える大きな力となったのが、サイボウズのノーコードツール「kintone(キントーン)」だ。キントーンを導入して各案件の収支や部署ごとの業務進捗状況が可視化されたことで、社員一人一人が主体的に働き、アイデアを出す組織に生まれ変わったという。キントーンが後押しした京屋染物店の改革について、同社代表取締役の蜂谷悠介氏と、サイボウズ代表取締役社長の青野慶久氏が語り合った。
過剰在庫や品質低下……老舗が抱えていた「多くの課題」
青野慶久氏(以下敬称略) 蜂谷さんは、2010年に京屋染物店の4代目代表に就任すると、さまざまな改革を進められてきました。その背景には、どのような課題意識があったのでしょうか。
蜂谷悠介氏(以下敬称略) 当社は大正7(1918)年に創業した老舗の染め物屋であり、はんてん、浴衣、手拭いなど、お祭り衣装や郷土芸能の衣装などを作っています。私が4代目に就任する以前から、当社は業務に関するさまざまな問題を抱えていました。商品に使う生地の在庫は山のように積み上がり、また、仕入れ過多によって現金も底を突いていました。当然、業績は悪化の一途をたどり、同時に、社員間で情報の行き違いが頻繁に発生し、クレームや品質の低下、従業員の残業増加につながっていました。
これらの問題の根底にあったのは、アナログな業務フローです。例えば当時、営業メンバーがお客さまと商品の仕様やデザインを打ち合わせすると、その内容を「指示書」という紙の資料に手書きで記入し、各工程の現場に回していきました。すると、指示書を受け取った現場は、突然仕事が舞い込む状況になります。急きょ大量の製作が必要になることもあり、その対応のためにさまざまな生地を在庫で確保していたのです。
そうした状況に対して私はデジタルによる情報の「全社共有」が必要だと考え、多額の費用をかけてシステム会社に基幹システムの開発を依頼しました。しかし、これはうまくいかなかったのです。
なぜなら、そのシステムは社長である私の要望を基に作ったため、現場には不向きな仕様になりました。入力が多すぎる、手順が分かりにくいなど、さまざまな問題が出てきたのです。
その解決のため、現場のヒアリングを行ってシステム改善を図りましたが、今度はシステムがアップデートされた時点で現場の要望が変わり、また追加費用もかさむなど、新たな課題が出てきました。その結果、現場での利用定着には至らなかったのです。こうした中で行き着いたのが、「キントーン」の導入でした。
青野 どのような経緯でキントーンを知ったのでしょうか。
蜂谷 知人の経営者に勧められたのがきっかけでした。キントーンの良い点は、プログラミング言語が分からなくても、ノーコードでアプリを作れることです。先ほど話したように、当社はアナログな現場であり、ITに強い社員が多いわけではありません。一方で、現場の要望を反映しなければ以前のシステム導入の二の舞となります。その中で、ノーコードでアプリを作れる点は魅力でした。また、アプリに入力したデータは社員間で共有でき、「情報の断絶」という課題にもアプローチできると考えたのです。
組織の主体性を育むために「情報」が必要な理由
青野 キントーンを導入されたのは、2016年のことでしたよね。それからどのように活用を進めたのでしょうか。
蜂谷 最初に作ったのは「顧客管理アプリ」「販売管理アプリ」「受注管理アプリ」の3つでした。例えば顧客管理アプリでは、お客さまの基本情報とメール履歴、過去の取引の見積もりや商品デザインを紐付け、一元的に見られるようにしています。これにより、社員はそれまでのように各所から情報を集めなくても、お客さまデータにアクセスすれば、ワンストップで状況を把握できる環境が整いました。なお、このアプリは私が土台を作り、その後、現場の社員がブラッシュアップしていきました。
受注管理アプリでは、案件ごとの進捗状況も可視化しています。そのデータを合計し、今どの工程にどれだけのタスクがたまっているかも分かるようにしました。特定の工程に集中しているタスクを消化しなければ取引全体に支障が出るため、このシステムを見て、他部門の社員が自主的にフォローする動きが生まれてきました。
青野 アプリで情報を可視化し、社員間で共有することで、能動的に他部門の課題を解決する社員が増えてきたわけですね。
蜂谷 そうですね。さらに情報の可視化という点では、毎月の粗利や固定費、最終収益、あるいは社員の総労働時間、人時生産性*1などをキントーン上で見られるようにしています。社員はこの情報を基に「今月は数値が落ちたからもう少し頑張ろう」「この行動が生産性向上につながったのでは」と考える機会になっています。
*1:社員一人が1時間あたりの労働でどれだけの粗利を生み出すかを測る指標
私たちが目指すのは、社員一人一人が主体性を持った組織です。なぜなら、良い組織とはそれぞれが責任感を持って業務に取り組む状態であり、その責任感は主体性から生まれると信じているからです。自分の意思で判断・行動するからこそ責任感が芽生えます。
ではどのように主体性を育むのか。重要なのは、社員が「自分で判断する」ための情報を取得できる環境をつくることではないでしょうか。業績や市場のデータ、行った施策の結果などを全員が見られるようにする。そうしなければ、一度始めた施策をこのまま進めるべきか、軌道修正すべきかどうかなども個々で検討できません。
併せて、一つ一つの情報を正しく理解するための「社員教育」もセットで行うことが重要です。情報はあくまでシグナルであり、それを正確に理解して、次の判断につなげるには、情報の見方や知識が必要になります。粗利や固定費、人時生産性が何を意味するのか、まさに経営者が学ぶような領域について、社員が学習できる環境を整えています。例えば、経営のシミュレーションゲームを用意し、各数値の見方や人件費、固定費の考え方などを理解する機会をつくっています。
青野 情報を可視化するだけでなく、同時にその情報の意味を社員が学ぶことで「ここを改善したい」という意欲が湧いてくるわけですね。それが主体的なチャレンジにつながっているのではないでしょうか。
蜂谷 そうですね。さらに、一度学んだ人は若手社員にその内容を教えるので、私たちが仕掛けなくても自然と学びが広がっていきます。また、知識を得た社員は自分の欲しい情報を得やすくするよう、自分でキントーンアプリを作り、ブラッシュアップしていきます。この点はノーコードツールの良さだと感じます。
青野 経営の数字を社員に細かく公開するのは「リスクがある」と感じる経営者もいます。その点で葛藤はありましたか。
蜂谷 最初はありました。仮に売上高が増えた場合、「給料を上げてくれるのでは」と社員が期待してしまうかもしれません。しかし、売上高は増えても、販管費や人件費がそれ以上にかさんでいれば、業績が向上したとは言えません。ここまで理解してもらわなければ、数字を見せることがマイナスになる場合も考えられます。
この点でも、先ほど話した教育が意味を持ちます。数字から生まれる「誤解のリスク」は軽減されましたし、逆に給料を上げるためにはどれだけの粗利が必要か、そのためにはどれくらいの売り上げが求められるのか、一人一人が逆算して考えられるようになってきたのです。
コロナ禍に生きた、素早く運用して現場で改善するサイクル
青野 これらの変革による成果をどう捉えていますか。
蜂谷 情報共有しやすい環境になったことにより、それまでアナログ業務で発生していた部署間の壁がなくなり、社員全員が同じゴールを目指せるようになりました。経営面でも、以前と比較してキャッシュフローが月額100万円ほど改善し、業務の効率化によって浮いた時間を新事業に充てることで、コロナ禍でも業績を113%に向上させることができました。当社は祭り用品の受注が売り上げの8割を占めており、全国の祭りが長くストップしたコロナ禍では厳しい事業環境となりましたが、それでも業績が向上したのは、事業の多角化や新たな販売経路の開拓など、現場の人間が自ら考え、変化に対応し続けた結果です。
コロナ禍という未曽有の状況では、素早くトライし、運用しながら改善するサイクルを現場で回すことが重要でした。そのサイクルを実現できたのは、キントーン導入によって社内の情報格差がなくなり、社員が主体的に動く土壌をつくることができたからです。この経験がベースとなり、飲食事業や観光事業など、現在もさまざまな領域への事業展開を行っていますし、社員数を増やさずに多角化できているのも成果ではないでしょうか。
青野 お話を聞いていて感じるのは、一人一人の社員の方が経営者のように動いていることです。数字を細かく分析し、自分で新たなアイデアを考える。その実現のためにノーコードでアプリを作る。こうしたプロセスで、社員の皆さんが自主的に新たなビジネスモデルを生み出しているのではないでしょうか。
蜂谷 私たちが目指す組織は、一人の絶対的なリーダーが引っ張るのではなく、あらゆる現場・部門にたくさんのリーダーがいて、それぞれの強みを生かしながら主体的に動く組織です。そのためには、現場の社員が社長と同じだけの情報を持っていなければ判断できません。この意味で、キントーンは最適なツールだと感じます。会社全体を俯瞰する情報と現場の視点を組み合わせることで、社員が臨機応変に判断できるのではないでしょうか。
青野 その通りだと思います。もちろん、自社でゼロからキントーンの運用やアプリ作成を行うのは「難しい」と感じる方もいるでしょう。キントーンの場合、全国の地域金融機関をはじめ、導入や運用を支援する「伴走パートナー」が各地にいます。こうした仕組みも活用し、DXを進めていただければと考えています。
サイボウズ キントーンの詳細はこちらから
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