
顧客ニーズが多様化する中で、データの戦略的活用がより重要になっている。データを精緻に収集・統合し、分析して次の一手につなげる。これら一連のプロセスを高度化するために、AIを有効活用する。こうした体制を構築することが企業に求められるだろう。そんな中、データとAIを駆使した顧客体験価値最大化の戦略と実践について議論するイベント「PendomoniumX Tokyo Data×Al Transformation JAM 2025」が開催された。当日は、データドリブンな意思決定を行うために各社が進めている戦略について話し合われた。本記事では、イベント後半の模様をレポートする。
前編記事では、日本郵政とAI研究者・今井翔太氏による基調講演「ユーザー体験を次のステージへ ~データ・AIは最強のビジネスパートナー~」や、「分科会1:成長プロダクトの開発を手掛ける3社に聞く変化の速い市場で選ばれるための、顧客起点×データドリブン戦略」「分科会2:JALデジタル、中外製薬、PPIHのDXキーパーソンに聞く社内DX推進の最前線──変革の実態に迫る」について紹介している。こちらもぜひご覧いただきたい。
NECが語ったデータ活用の効果「742時間の開発工数削減」
分科会3では、NECによる講演が行われた。NECの7000名が使う社内システムと、グループ社員5万人が使う人事システムにおいて、それぞれPendoを用いて定着化した取り組みが紹介された。モデレーターを務めたのは、Pendo.io Japan(所在地:東京都渋谷区、以下Pendoジャパン【読み:ペンド】)の大山忍氏である。
まず説明されたのは、7000名の社員が使う社内基幹システムの事例だ。NECでは、2018年頃から本格的なDXを推進してきた。当時は経営状況が厳しく、DXをしなければ会社としての未来がないという決意のもと行ってきたという。とりわけ特徴的なのは、「クライアントゼロ」戦略で進めた点だ。
「これはNECが“ゼロ番目の顧客”として、さまざまなツールの活用やDX戦略の実施を進め、そこで得たナレッジや価値をお客さまや社会に提供することです。そのため当社の社内ITを担当する社員は、各々の取り組みが将来お客さまのDXにどれだけ貢献できるかがミッションとなっており、人事評価の項目にも加えられています」
そう話すのは、NECの基幹業務のDXやデータドリブン経営をリードする大隅直樹氏だ。
こうしたDXの一環として、同社ではPendoの活用も進めている。まず前提として、同社は営業活動管理にはSFA(営業支援システム)ツールを使っていたが、商談開始から見積・提案・受注のプロセスが十分に標準化・データ化されていない課題があった。「このツールは7000人超の利用があり、1日に1万6000件の承認作業が発生するため、現場の業務負荷は肥大していました」と大隅氏は話す。

大隅 直樹氏 日本電気(NEC) コーポレートIT戦略部門 グローバルKFP戦略統括部 シニアディレクター
そこで、まずはユーザーのログなどを分析して効率化を進めるプロセスマイニングのツールを取り入れたという。だがそれだけでは解明できない点も多く、ここにユーザー行動データを分析できるツールを組み合わせれば有効だと考えた。こうしてPendoを導入した。
「例えばプロセスマイニングツールでは、申請〜最終承認のリードタイムはわかるものの、その中でどのプロセスに時間がかかっているかまではわかりません。Pendoにより、こうした部分まで詳細な分析が可能になりました。問題が見つかったところは機能改善をする、ガイド機能※を表示するといった対応を進めました」(大隅氏)
※特定のタイミング・場所でシステム画面上にメッセージなどを出すPendoの機能
Pendo活用によって、さまざまな効果が得られたという。まず、プロセスマイニングとPendoを使った分析により、利用していない人が多く存在する新機能が明らかになった。そこでガイドを活用して当該機能を周知し、約1000人の利用増をもたらしたとのこと。この機能を使うことで業務効率化につながるため、大隅氏は一つの試算として「1000時間/年の効率化、金額に換算して800万円/年の効果があったと考えています」と述べた。
またPendoの機能を活用し、システムのトップ画面に重要情報の動画を表示する、操作項目ごとに適宜説明を加えるなどの改善を実施した。以前ならこれらは開発部門に依頼する必要があったが、Pendoであれば大隅氏の部門や業務部門で実装できたという。開発部門に投げる必要がないことで、開発工数は従来から742時間ほど削減され、「費用対効果は約600万円になると換算しています」と話す。その他、システムのマニュアルや問い合わせ先を集約した「リソースセンター」を設けたところ、さまざまな導線とそれに伴う工数が削減され、約760万円の費用対効果があったと話す。

一方、NECの人事システムにおいてもPendoによる課題解決が図られた。同社ではクラウド型人事システムを導入しているが、ここでも利用状況に課題があった。
「このツールは、人事管理を行うマネージャーが自分で利用することを基本としていますが、使い方に関する問い合わせが多くなっていました。また、マニュアルなどを用意してもシステムの定着率が上がらないという課題があったのです。そこでPendoの活用をスタートしました」
同社の人事領域におけるDXをけん引する田村周氏はそう話す。実際に行ったこととして、こちらでもリソースセンターを設け、人事システム内の問い合わせ先やマニュアルの導線を整理した。その結果、ユーザーが該当情報を閲覧する際、1回につき「約2分半の時間削減ができました」とのこと。「6ヶ月間で6万件近い閲覧があるため、これらを金額換算すると通年で約3000万円の削減効果を見積もっています」と話す。

田村 周氏 日本電気(NEC) ピープル&カルチャー部門 HRトランスフォーメーション統括部 HRプロジェクトグループ ディレクター
2024年度に初めてクラウド型人事システムで導入した施策についても、Pendoのガイド機能を活用。ユーザーが疑問を持ちそうなポイントにガイドを表示した。その結果、問い合わせ対応が減るなど、529時間ほどの工数削減がなされ、約320万円の効果があったと考えている。
「その他に、当グループでは定年退職予定の従業員やそのマネージャーに対し、人事システム上で退職意向を調査しています。皆さん業務が忙しい中で、期限内に登録が終わらないケースも少なくありませんでした。そこでPendoにより、該当従業員とマネージャーにのみ個別でガイドが表示されるようにしました。結果、期限内の登録率は85%から98%に上昇しています」
これにより、期限内に登録していない従業員やマネージャーへのフォローアップ業務も大幅に削減されたという。
なおこのセッションでは、Pendoの効果を金額換算した数値がNECの2人から多数示された。ファシリテーターの大山氏は、これについて「ROIの算出や効果の金額換算の方法に迷う企業も少なくありません。こうした数値化はつねに行っているのでしょうか」と質問を投げかけた。
それに対して2人は、NECではさまざま投資の際にROIや金額換算を必ず行うことになっており、通常の営みのひとつだと答えた。Pendoの効果は十分に投資金額を上回っており、十分な効果を実感しているという。
三井住友海上とKDDIの施策「システムのつまずくポイントを押さえる」
分科会4では、三井住友海上火災保険(以下、三井住友海上)とKDDIのDXについての講演が行われた。まずは「AI×ユーザー活動の可視化で実現を目指す代理店のDX」として、三井住友海上の飯間昭夫氏が登壇した。
この講演では、同社が提供する「MS1 Brain」に関する事例が紹介された。これは、AIを搭載した損保業界初の代理店向け営業支援システムであり、保険商品の提案活動を行う代理店が、顧客により適切な提案を行えるよう支援する仕組みだ。「たとえば、当社が保有するビッグデータを活用してお客さまのニーズを予測し、最適なタイミングで保険商品を提案できるようサポートしています」(飯間氏)
このシステムには、Pendoが導入されている。背景には、UI/UXの改善サイクルをよりスピーディに回したいという狙いがあった。というのも、これまでもシステムの利用ログは取得していたが、分析頻度は年に1~2回と限られており、即時性をもってユーザーの利用実態を把握するのは困難だった。また、インタビューを通じたユーザー理解に頼る場面が多く、リアルな利用状況が十分に掴めていなかったという。「その結果、UI/UXの改善が十分に行えていなかったと考えています」(飯間氏)

飯間 昭夫氏 三井住友海上火災保険 ビジネスデザイン部 代理店DXチーム長
そうした中でPendoを導入し、徐々に運用を進めていったところ、次第にその効果が見え始めたという。「以前は機能ごとにログを分析していましたが、今はユーザーがどこからシステムに入り、どのような経路で利用しているのか、どこで離脱しているのか、ジャーニー全体を分析できます」と語る。
MS1 Brainでは、UXの改善や新機能の実装などをPoCで進めているが、それらに対するユーザーの使用状況なども細かく分析できるようになった。その情報を基に、1つ1つの改善を評価するサイクルが回せているという。
確かな効果を確認できたことから、2025年にはPendo分析の対象ユーザー数を大幅に増やしたと話す。
セッションの途中からは三井住友海上の前原理光氏が登壇し、具体的なPendo活用方法や効果を説明した。主に活用しているのはガイド機能であり、「システムの初回操作をサポートする表示や、ユーザーがつまずかないためのサポート文言を表示しています」と話す。

前原 理光氏 三井住友海上火災保険 ビジネスデザイン部 代理店DXチーム 課長代理
ガイド機能の目的は、大きく分けて「UI/UXの向上」と「業務効率化」の2つがある。特に業務効率化の面では、ガイドを掲載することで、ヘルプデスクへの問い合わせ件数が72件から8件へと大幅に減少し、約9割の削減につながったという。さらに、ガイドの作成にかかる時間も短く、ポップアップ形式のガイドであれば「慣れれば15分ほどで作れます」と語った。このように、Pendoが“ビジネスユーザーでも扱いやすい”ことを実感させる形で、三井住友海上のセッションは幕を閉じた。
続いてKDDIの中西隆治氏が登壇し、「店舗現場から始まる顧客体験設計──データとガイドが変える業務DXの新常識」というテーマで講演を行った。
KDDIでは、全国の販売店で接客・受付用の店舗システムを構築している。タブレットを活用したもので、来店者に対してスタッフがタブレットから顧客情報の照会を行う。その上で利用状況や希望に応じたサービスを提案し、契約が決まるとタブレットで登録やサインをする。これら一連をこのシステムが担っている。タブレットについては、約1万の販売拠点に5万台ほど配置されているとのこと。
こうした中で、同社は店舗システムにまつわる3つの課題を抱えていた。それがPendo導入のきっかけになったという。
1つ目の課題は「開発プロセス」について。従来、システム部門は事業側の要求を受けて新たな開発を実行していたが、「その要求が一部の店舗のみのニーズである場合や、開発で期待できる効果として挙げられる数字に明確な根拠がないことがありました。併せて、限られたリソースの中で開発の優先順位づけがうまくいかないという悩みもありました」とのこと。そこで、データに基づいて開発効果を検証し、投資対効果を最大化したいと考えたという。
2つ目は、「システム利用時のつまずきへの対応」だ。店舗スタッフがシステム利用でつまずいた際、マニュアルを調べ、それでも解決しない場合は同社の問い合わせセンターに電話する流れになっていた。この間は店頭で顧客を待たせる可能性がある。そこで、瞬時に疑問を解消できるシステム環境にしたかったと話す。
3つ目は、システム上での情報周知をより確実に行うことだ。日頃から各店舗に対しては、KDDI本社よりさまざまな情報がシステム上で伝えられている。新商品の内容や、受付時の注意事項などがその例だ。しかし、これらが十分に伝わっていないケースがあった。そこで「プッシュ型の通知などをシステムに実装することで解決したかったのです」と話す。

中西 隆治氏 KDDI 情報システム本部 DXシステム1部 開発3グループ グループリーダー
講演では、具体的なPendo活用事例も紹介された。例えば新機能を実装した際には、その前後でユーザーの行動を分析し、仮説通りの効果が出ているかを検証しているという。実際に期待した効果が確認できたケースもあった。また、「システム内の半数以上のユーザーが使用していないボタン」の存在が明らかになるなど、ユーザー行動の可視化にも活用されている。こうした分析により、より有効な機能開発や改善が可能になると語られた。
「誤登録が発生しやすい場面においては、ガイドを表示することで注意を促し、ミスを抑制しました。アプリケーションのバージョンアップが必要な際には、これまで店舗に周知文書を展開していましたが、こちらもガイドを表示するように。結果、展開当日のアプリバージョンアップ実施率が40.2%から56.6%へと大きく増加しました」
同社は今後も、こうした機能改善を継続していく方針だ。データ分析もさらに精緻化し、システムの一層の改善につなげていくという。
セッション終了後には、企業交流会が開催された。乾杯の挨拶を務めたのは、基調講演にも登壇したAI研究者の今井氏。会場では、参加者による記念撮影や「Pendoくじ」などの企画も用意され、和やかな雰囲気に包まれた。また、Pendoの企業カラーであるピンクをモチーフにしたオリジナルカクテルも振る舞われ、会場を華やかに彩った。Pendoの最高収益責任者(CRO)であるWill May氏も通訳を介して参加者と交流する姿が見られ、企業や業界の垣根を越えたつながりが生まれる場となった。
今後のビジネスにおいて、データとAIが重要なテーマとなるのは間違いない。企業は、これらを活用しながらDXを加速させていくことが求められる。本イベントには、さまざまなキーパーソンが集まり、活発な情報共有が行われた。今後の戦略を描くうえで、企業にとって非常に有意義な場となったに違いない。

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