苦しい日々を過ごしていたからこそ

 山本は振り返って言う。

「なんかもう全日本までの1カ月半が苦しすぎて、試合のときは、ほんとうに試合の方が楽だって思えました。調子が悪いまま試合に向かってしまうという葛藤の日々が、この全日本が終わったらやっといったん区切れるというか。ほんとうにそこまで追い込まれた状況で、だからこそなんかもう吹っ切れたというか。ショートもフリーもあまり結果や点数というのをいい意味で考えずに演技することができました。ほんとうに苦しい日々を過ごしていたからこそ、逆に試合が楽に感じたかなって思います」

 加えて、苦しい日々を過ごす中でも光明を見出していた。

「4回転トウループとトリプルアクセルまではわりと調子がいい状態で現地に入ることができたので、不安要素としては4回転サルコウだけかなと思っていました」

 フリーでは4回転サルコウを成功させることで波に乗れたという。そのフリーでの完璧な演技は、別の観点でも大きな意味のあるものだった。この数年、ショートで上位につけながらフリーでうまくいかず、順位を落とすことがあったからだ。

 ショートプログラムで好発進という同じシチュエーションでもフリーで同じ轍を踏まなかった。

「第3グループくらいから神演技、すばらしい演技が続いていき、僕たちの最終グループ1番滑走からもいい演技が一人一人続いていきました。演技は見ていなかったし、見ないようにはしていました。ただ、バックヤードにモニターがありまして、自分の出番の1人前くらいの段階になって廊下で準備のアップをしているときに目に入りました。テレビ中継でもエレメンツの点数が左上に表示されると思うんですけど、現在滑走している人のテクニカルのポイントとそれまでの1位の人のテクニカルが表示されます。目にしたのは、1人が100点、もう1人が98点くらい、ほぼノーミスの演技だなって分かる点数を出していました。

 それで焦りをまったく感じなかったと言ったら嘘になるんですけど、目に入ったことでまた吹っ切れたというか、あまり点数とか順位とか気にせずやれることをやろう、自分が求めている演技をやろうと自分だけに集中することができました。みんながいい演技をして、相乗効果でほんとうにいい試合になったんじゃないかなって思います」

 観る者誰もが強く記憶された大会は、スケーターにとっても印象深い大会であったことをその言葉は伝える。

 そのとき、全日本選手権までを振り返る中でのひとことが思い起こされた。

「悩みに悩んでも、次の日には切り替えてなんとか今日やれることをやろうと思ってやってはいました」

 山本は「折れた」と表現していた。でもほんとうに折れたわけではなかった。「折れた」と感じても、投げ出すことも、あきらめることもなかった。それもまた、全日本選手権の演技につながっているのではないか。そして折れない心は、山本のスケート人生そのものでもある。(後編へ続く)