ソール・ライターの色彩感覚の原点を知る

《ライトボックスを見るソール・ライター》 2013年 ©Margit Erb

 そんなモノクロスナップ写真群とともに、展覧会ではカラー写真も紹介されている。実は当時のカラー写真は広告や雑誌の撮影に使われるもので、美術作品としては軽視されていた。だが、ソール・ライターはまったく違う意見をもっていた。「なぜ色を軽視するのか、私には理解できない。色は人生における大切な要素であり、その存在は写真においても尊重されるべきだ」。

 カラー写真の撮影にも精魂込めて取り組んだソール・ライター。そんなカラー写真を、展覧会会場であるヒカリエホールの大空間を生かし、10面の大型スクリーンによる大規模プロジェクションで紹介。約250点のカラー作品はひたすら美しく、彼が卓越した色彩感覚をもっていたことが改めて認識できる。

展示されたカラースライド(複製)

 では、ソール・ライターは優れた色彩感覚をどのように手に入れたのか。その答えは、「彼は写真家だが、画家でもある」からだ。1923年にペンシルバニア州ピッツバーグで生まれたソール・ライターは、ユダヤ教の聖職者である父をもち、神学校に進んだ。しかし画家になる道を志し、神学校を中退。1946年にニューヨークへ移住した。

 だが、画家の仕事では生活が成り立たない。ソール・ライターは『ハーパーズ・バザー』誌で写真の仕事を始め、雑誌カメラマンとして名をあげていった。

ソール・ライター 『ハーパーズ・バザー』 1963年2月号のための撮影カット ©Saul Leiter Foundation

 それでも、画家の道は捨てられない。写真家として成功した後も、彼は絵を描き続けた。展覧会ではカラー写真と見比べられるように、写真作品を織り交ぜながらソール・ライターの水彩画を展示している。

ソール・ライター 《無題》 1960年頃 ©Saul Leiter Foundation

 彼の水彩画は、印象派や日本の浮世絵、ピエール・ボナールやエドゥアール・ヴュイヤールのナビ派に影響を受けたといわれている。大半の作品で抽象表現に挑んでいるものの、難解さや取っつきにくさは微塵もない。縦横無尽に飛び跳ねるような色彩のリズムが心地よく、見る者を幸せな気分にしてくれる。その印象は、彼のカラー写真を見たときと変わらない。

 2013年に89歳でこの世を去ったソール・ライター。死後につくられたソール・ライター財団によると、いまだ解明・整理されていない作品が莫大に残されているという。これから先、ソール・ライターの色彩に出会うチャンスは、もっともっとありそうだ。