うっとうしい雨が続く日は、スカッとするミステリーのシリーズものでも読んでみませんか。アメリカ社会の闇と多様性を考察し、人気キャラクターの勢いに爆笑……。6月に読みたいおすすめの本を紹介します。

選・文=温水ゆかり

写真=アフロ

前シリーズを濃厚に引き継ぐ、アメリカンリーガルミステリーの5作目

『嘘と聖域』
著者:ロバート・ベイリー
訳者:吉野弘人
出版社:小学館(小学館文庫)
発売日:2023年2月7日
価格:1,188円(税込)
©小学館

 まず、ロバート・ベイリーのリーガルミステリー『嘘と聖域』をご紹介。

 ロバート・ベイリーの5作目になる本作は、新シリーズの開幕作というふれ込みではあるものの、前シリーズ(4冊)のキャラクターも舞台も人間関係も濃厚に引き継ぐ。新シリーズと言うより、セカンドシーズンと呼んだほうがいいかもしれない。

 新シリーズの主人公は、前シリーズ2作目の『黒と白のはざま』で苦境に陥った弁護士ボーセフィス(ボー)・ヘインズである。ボーは全米有数のフットボール強豪校アラバマ大学で、ディフェンスの司令塔ミドルラインバッカーとして活躍し、優秀な成績でロースクールを卒業。身長195センチ、体重は110キロに近く、ダークブラウンの肌を持ち、頭はスキンヘッドに剃り上げている巨漢だ。

『黒と白のはざま』を要約する形で引用すれば、ボーは5歳のとき目の前で父をKKKにリンチされて殺された。犯人に必ず報いを受けさせるとの決意を胸に、大学アメフトのスターを欲しがる大手ファームからの誘いを断り、故郷のテネシー州プラツキに戻って個人開業する。そして幼い日の目撃から45年後、事件は再燃し、ボーは刑事被告となった。

 そのときボーを起訴したヘレン・ルイス検事長が、この『嘘と聖域』では一転、刑事被告となる。元夫を射殺した罪で。

 ヘレンの元夫ブッチは、ブラツキにふらりと現れ、不動産業や金融業で街の新たなボスになろうとしている新興成金ザニックの顧問弁護士だった。ヘレンがザニックをレイプで起訴した事件を取り下げないと、ヘレンが中絶した過去を公表すると脅す。ブッチ自身がなにかに怯えていた。

 黒いスーツとハイヒールと鮮やかな赤い口紅をトレードマークとし、妥協を知らない仕事ぶりで畏怖されているヘレン。テネシー州法によって、検事長が法廷では軍隊式に「ジェネラル(将軍)」と呼ばれることを秘かに愉しんでいるヘレン。前シリーズの完結作『最後の審判』では見事なライフル射撃の腕前を披露してトムと少年の命を救ったヘレン。シリーズを読み続けてきた者には衝撃の展開である。

 ヘレンは大雨の中、州境を越えてアラバマ州へと車を飛ばす。ボーは、亡き恩師のトムの農場で、トムの愛犬だったフレンチブルドッグとともに世捨て人のようにして暮らしていた。

「弁護士が必要でここに来たの」

「なぜ?」

「なぜならブッチ殺害の容疑で逮捕されようとしているからよ」

 ボーはヘレンの依頼に対してうめく、「無理だ」。

 妻を殺され、業務停止処分をくらい、子供達の親権を取り上げられと、ボー自身の人生もどん底にあった。

 しかしトムの墓の前で一晩雨に打たれて目覚めたボーは、立ち上がる。自己憐憫にひたってばかりいては道は拓けない。親権を取り戻すのに不利かもしれないが、故郷テネシーのプラスキに戻ろう。こうして、逮捕されてオレンジ色のジャンプスーツ姿になったヘレンの前に立つ。ヘレンの弁護人として。

 アメリカンミステリーを読む楽しさを、私は50の土地や文化を知る楽しみだと思ってきた。自分達のことは自分達で決めるとばかりに、刑事事件も民事も陪審員に委ねる自治の精神(そのぶん裁判がサーカス化するが)。50のステーツ(州)が独自の法律と治安組織を持つ多様性。州では検察官も判事も保安官も選挙で選ばれる。

 余談だが、東大法学部卒の友人が、アメリカの州検察官が選挙で選ばれることを知らなかったのには驚いた。東大に縁はなくとも、アメリカンミステリーを読んでいれば彼らより賢い(部分もある)と、鼻がピクピク隆起した。

 耳馴染みのないテネシー州のブラスキは、実は有名な地だ。白い三角頭巾と長いローブで身を包んだ世界最大のヘイト集団KKK(クー・クラックス・クラン)発祥の地。横長のテネシー州の南で州境を接するアラバマ州(やミシシッピ州、ジョージア州)は、大統領選報道でよく耳にする「レッドステート」で、共和党の岩盤支持地帯でもある。

 前トランプ大統領が任期切れ寸前、最高裁判事に当時48歳の中絶反対の女性判事を指名し、〈共和党6民主党3〉になった最高裁が、人工中絶を認めた1973年の判決を破棄した記憶は新しい(2022年)。つけ加えれば、最高裁の判断内容がマスコミにリークされたのも確前代未聞の出来事だった。少数派に転落したリベラル側〈3〉の、やむにやまれぬ謀反だったのだろうか?

 中絶に厳しく、日本と同じく死刑制度も存置している保守的なレッドステートで、中絶の過去を暴露され、夫殺しの罪で死刑を求刑されること必至のヘレンの運命は? ボーをも唖然とさせたヘレンの隠し球とは? そして裁判終結後の「真実」とは? 

 隠し球のことは少し予想していたが(またもや鼻ピク)、その後の“捻り”には驚いた。このシリーズ、終われないじゃないかと、永遠に続くことを願ってしまう。