大人に読んで欲しい3冊を厳選して紹介する新連載。第1回は、今年9連休となる人も多いGW(ゴールデンウィーク)に、お気に入りのソファーで、旅先で初夏の日差しを浴びて、眠れぬ夜にグラスを傾けながら……じっくりと読みたいおすすめの本を紹介します。
選・文=温水ゆかり
反骨精神をもった者の側から描く、敗戦から本土復帰までの沖縄現代史
“南西諸島というのは何だ? いったい誰から見ての南西諸島なんだ?”
戦前に上京した沖縄出身のビンボウ詩人貘さん(山之口貘)さんが、30年ぶりの帰郷を果たそうと1ヶ月かけて手に入れたパスポート(身分証明書)。そこには「南西諸島へ渡航する者であることを証明する」とあった。
“沖縄諸島や琉球諸島と呼ぶならならまだしも——”
けしからん、というのが貘さんのやるかたない憤懣だ。1958年のことである。
確かに1200kmにもわたって点在する島嶼群をまとめて南西諸島とする呼称からは、歴史や固有の文化などを感じとることはできず、地政学上の軍事臭しか漂ってこない。最近ニュースで何回耳にすることか、この南西諸島という単語を。
まもなくやってくる5月15日は沖縄本土復帰の日。『ジョーカー・ゲーム』や『太平洋食堂』などでキレッキレの昭和史を書いてきた柳広司のこの小説『南風(まぜ)に乗る』は、敗戦(1945年)から本土復帰(1972年)までの沖縄現代史を、反骨精神をもった者の側から描く。
沖縄の政治家瀬長亀次郎、冒頭でいきなり小説内の場面を引用した詩人の山之口貘、若い頃から貘さんの詩のファンで、元東大教授の中野好夫が私費で開設した沖縄資料センター(現・法政大学沖縄文化研究所)で資料整理にあたっていた主婦のミチコ。この三者が主要な登場人物となって、復帰までの激動のヒダを伝える。
敗戦後の約7年に及ぶ占領期を経て、1952年サンフランシスコ講和条約の発効をもって主権を回復した日本。しかし条約の第三条にはこうあった。
《北緯29度以南の南西諸島(琉球諸島、大東諸島、小笠原諸島)の領域及び住民に対し、アメリカ合衆国は行政、立法、司法上の全権力を行使する権利を有する》
読む目が逆上する。は? 三権分立どころかノー三権!? 本土の独立と引き換えに、沖縄は王への供物よろしく、「どうぞお好きにお召しあがりください」と差し出されたようなものだった。
講和条約発効の同年に琉球政府ができ、1957年に高等弁務官制度ができるものの、やはりこれも復帰まで歴代6人が全員軍人(普通は文人)。
「猫の許す範囲でしかネズミは遊ぶことはできない。ネズミ(沖縄県民)の側でもそれは了承するように」
などと、少しも笑えない『トムとジェリー』みたいなことを堂々と伝えられては、たまったものではない。米軍は好き勝手に土地を取り上げ、どかぬ奴らがいたら空からガソリンを撒いて肥沃な農耕地30万坪を焼き尽くすなど、まさにやりたい放題。水も止められた。
これらの理不尽に立ち向かったのが瀬長亀次郎である。立法院議員→米民軍政府に目の上のタンコブ扱いされて投獄→圧勝で沖縄市長→過去に遡って適用するというムチャクチャな立法で資格剥奪→戦後沖縄初の国政選挙で衆議院議員、という波瀾万丈の道を歩んだ。
亀次郎は独自の式を持っていた。
米軍基地 < 日米安保条約 < サンフランシスコ講和条約第三条 < 日本国憲法
ゆえに、日本国憲法が及ぶよう本土復帰を目指すべきなのだ、と。演説会には10万人が押し寄せ、ロックスターなみの人気を誇ったという。
沖縄返還の前年、「衆院沖縄返還協定特別委員会」で、亀次郎がふと「火薬の匂い」(暴挙の前触れ)を嗅ぐシーンが生々しい。沖縄返還協定に関する法案が、亀次郎の質疑の前に問答無用で強行採決されたとは! 当時の佐藤栄作総理大臣はその後ノーベル平和賞をもらった。今ではもう誰も口にしない(したくない)受賞だったとはいえ、ふてぶてし過ぎる。
沖縄の現代史に分け入る力作にして労作。戦前は天皇だった「国体」が、戦後も今も星条旗に替わっただけであることを、容赦なく暴く著者の熱量にシビれる。