「ロゴス(論理)とピュシス(自然)」をめぐる静謐な対話

『音楽と生命』
著者:坂本龍一/福岡伸一
出版社:集英社
発売日:2023年3月24日
価格:2,200円(税込)
©集英社

 一方、一貫して静謐なトーンで進むのが坂本龍一と福岡伸一の共著『音楽と生命』である。「ロゴスとピュシス」をめぐって、ニューヨークのレストランやオスロのホテルのラウンジ、東京のバーなどで続けられた対話の記録だ。

 ちなみにロゴスとは、人類を人類たらしめてきた思考、論理、言葉であり、ピュシスとは我々の存在もその一部でしかない自然そのものを指す。前者は時間の矢にそって進むものであり、後者は循環するものと言い換えてもいい。

 音楽にしろ生物学の研究にしろ、創造的行為というのはロゴスの極みのように見える。ロゴスを洗練させていった先に“名曲”や“科学史に刻まれる発見”がある。しかし、それらは自分たちをますます自然から遠ざけることになってはいないか。

 たとえば音楽の起源について、坂本はこう語る。音楽の起源と楽器の起源は同じに見える、楽器というのは乾いた鹿の骨に一個二個と穴開けてみようと思った時点で、自然を改変しようとしている。そういった自然改変の欲望こそが、ロゴスの始まりかもしれない。しかし近年の自分はピアノが「もの」(=自然物)であると強く感じていて、音楽としてではなく「もの」としての響きを聴かせたいと思うようになっている、と。

 この部分を読んだとき、訃報のニュースでニューヨークの隣人がコメントしていたのを思い出した。坂本邸の庭にはピアノがあり、野ざらしで朽ちていく経過がとても素敵だったらしい。そのピアノからどんな音楽が生まれようとしていたのか、今となってはファンの見果てぬ夢になってしまった。

 福岡も実験室に閉じこもって細胞のすり潰しをし、発見したものに名付けをするロゴス的営為から、「要素に名前を付けるのではなく、生命現象が持っている流れを説明する新しい言葉をつくらなければいけない」と考え、動的平衡(の理論化)にシフトしたのだと語る。  

 ロゴスから逃れようとしても、言語という道具を用いてしかピュシスを語れない相克。それをシシュポスの岩(絶えざる行為)にたとえるあたりが、ロゴスにがんじがらめになった現代人の納得と悲哀のポイントかもしれない。