文=本間恵子
東京で開催されている『メンズ リング イヴ・ガストゥ コレクション』展は、古今東西の指輪がおよそ400点も並ぶ稀有な催しだ。あるフランス人が情熱を注いで収集し、秘蔵していたこのコレクションは、メンズに焦点を当てたことで格段に面白みが増している。展示のハイライトをここでご紹介しよう。
5つのセクションに分類された個性的すぎるリング
《歴史》
古代にインスパイアされたカメオの指輪から、新古典主義やロマン主義の指輪までが並ぶセクション。ヴェネツィア共和国の元首(ドージェ)が用いた大きな指輪は、紋章をあしらった印章指輪だ。中に蜜ロウを入れておき、それを溶かして手紙にたらし、指輪を押しつけて封印する。
(印章指輪とは?)
《ゴシック》
19世紀のネオ・ゴシック様式、20世紀のアンダーグラウンドなカウンターカルチャーなど、繰り返し流行するゴシック・リバイバルに光を当て、剣、甲冑、城塞、騎士道といったの中世的モチーフを再解釈した作品を集めた。バラの花で取り巻いた「棺の指輪」のデザインは、いま見てもスタイリッシュだ。
《キリスト教神秘主義》
何か近寄りがたいものを感じさせる、宗教的な指輪の数々。カトリックの聖職者が身につける大ぶりな指輪にアメシスト(紫水晶)があしらわれているのは、司教の紫衣と同じ色のこの宝石が、悪しき考えや悪しきことを追い払うと信じられたからだという。
《ヴァニタス》
このセクションが最も今日的なのかもしれない。パンデミックが世界を覆い、埋葬すら間に合わないほどの死者が出た頃、「ヴァニタス(空虚)」「メメント・モリ(死を忘るなかれ)」といった命のはかなさを警告する古いラテン語が取り沙汰されたからだ。髑髏をモチーフにした「英国の哀悼の指輪」のひとつは、故人の髪の毛をなかに収めている。こうしたヴィクトリア朝時代の過剰なセンチメンタリティは日本人の感性では理解しづらかったが、今あらためて見ると胸に迫る切なさがある。
《幅広いコレクション》
奇想のデザインがさまざまに集められたこのセクションは、さながら世界中の珍しい文物をぎっしり飾ったキャビネ・ドゥ・キュリオジテ(珍品の陳列室)の様相だ。ラッパーやバイカー好みの銀のスカルから、現代彫刻家の作品、オルゴールリング、海賊やドラゴン、ガーゴイルなどの意匠がひしめいている。筆者はここでダース・ベイダーとエイリアンとおぼしき指輪を見つけた。
誰が、どんな目的でコレクションしたのか?
これらを収集したのはフランス人コレクター、イヴ・ガストゥ氏。建築家ジオ・ポンティやエットーレ・ソットサス、倉俣史朗らのヴィンテージ家具を扱うギャラリストとしてとして名を馳せた人物だ。コレクションをながめていると、高価な宝石やブランドものには彼の興味が向いていないことがわかってくる。
指輪の研究で世界的に有名なのは、国立西洋美術館が所蔵する橋本貫志コレクションだ。約870点からなるこの指輪コレクションは、東洋古美術の目利きだった橋本貫志氏が収集したもの。紀元前から現代に至るまでの指輪史そのものといった、アカデミックに厳選された内容である。歴史的人物にちなんだ貴重な作品も多かった。
一方、イヴ・ガストゥ・コレクションは、もっとプライベートで個人的。子供の頃に魅せられた司教の指輪、出身地カルカソンヌの古城を彫金した指輪、建築家や工芸家の作品、アーティストに特注した1点もの、旅先で買い求めた思い出の品など、彼自身とのつながりを感じさせるものが多く含まれている。
彼にとって「収集に値する指輪」とは何だったのか? 2020年に急逝したイヴに代わって、息子のヴィクトール・ガストゥ氏が答えてくれた。
「父が基準としたのは、いかに強く心を動かされたか──です。心を揺さぶられる指輪を、父は探し求め続けたのです」。
ネックレスやピアスは、見せびらかしにはぴったりだが、いったん身につけてしまえば自分では見えない。だが指輪は、手元に目をやればいつでもながめられる。だからその分、他のアイテムよりもプライベートで個人的なのだ。見るたびに心に訴えかけてくるようなミステリアスなパワーを、指輪は持っている。
コレクターの美意識をフィルターとして、今あらためて見るメンズリング。指輪というと、女性が愛用するフェミニンなアイテムというイメージがあるが、このエキシビションではもっと豪壮で迫力満点、インパクトの強いメンズリングの世界にふれることができるだろう。