パリ、オペラ座からほど近いヴァンドーム広場は、多くのジュエラーやウォッチメゾンがきら星のように並ぶ特別な場所。その12番地に本店を構えるショーメは、1780年に創業し、皇帝ナポレオン1世の宮廷ジュエラーとなった指折りの老舗だ。ショーメCEO、ジャン=マルク・マンスヴェルト氏が、最新ハイジュエリーコレクション「トルサード」のコンセプトを語ってくれた。
文=本間恵子
ヴァンドーム広場の柱がインスピレーションの源
トルサードとは、フランス語で「螺旋状にねじったもの」を意味する。ヴァンドーム広場の中央には、アウステルリッツの戦いを浮彫にしたナポレオン1世の戦勝記念柱が立っていて、その柱を螺旋状に取り巻くフリーズ装飾に由来しているのだという。
だが、このコレクションには柱そのものも、ナポレオンも出てこない。全体を構成するのは、風にひるがえるような螺旋のモチーフだ。
「動きがあるでしょう。ダイヤモンドの曲線が今にもふわりとほどけそうだったり、くるくると巻きついていたり。こうしたみずみずしい生命力や躍動感を出すために、細部まで心を配っています。まるでジュエリーがひとりでに動き出しそうな感じを表現したかったのです」と、マンスヴェルトは語る。
確かな価値を持つものを人々が求め始めた
「昨年からこれまで体験したことのない不安定な日々が続き、人々がジュエリーに求めるものが変わってきました。今、必要とされているのは、グラン・クラシック(大いなるクラシック)。最高級のダイヤモンドやプレシャスストーンをあしらった、本当の意味で価値の高い、揺るぎない永遠を感じさせるジュエリーだと思います」
現代のグラン・クラシックとして生み出された「トルサード」コレクション。それは驚くほどシンプルで、押しつけがましくなく、さりげない。打ち上げ花火のような華麗さではなく、ごく洗練された品格のある美しさが香り立つ。“軽やかな優美さ”とでもいうべき独自のスタイルだ。
「目新しくて派手で奇抜なものより、今は落ちつきのあるもののほうが安心感を与えます。だからグラン・クラシックなのです。でも、掘り返した過去をそのまま提供するつもりはありません。重々しい衣装を着たナポレオン時代の宮廷人がつけるのではないのですから」
ナポレオンの戴冠式で用いられた宝器を制作
ショーメの創業者、マリ=エティエンヌ・ニトは、マリー・アントワネットのお抱え宝石商の元で修業を積み、やがてナポレオン・ボナパルトに引き立てられた。彼が皇帝となる戴冠式の日、黄金の月桂冠やレジオン・ドヌール勲章、フランス王家に伝わるダイヤモンドをはめこんだ剣など一式を作ったのはニトだ。そして1812年、ニトの息子がヴァンドーム広場の西側、現在はオテル・リッツ・パリがある場所に店を開いた。
「そうした由緒を持つメゾンであればこそのグラン・クラシックですが、歴史や伝統は大切に守りつつも、それらを日々新しく生まれ変わらせてゆかなければなりません」と、マンスヴェルト。
「例えばこのブレスレット。ほどけようとしているのか、それとも巻きつこうとしているのか、今にも動き出しそうなダイヤモンドのラインの内側に、忘れな草色のサファイアが並んでいます。サファイアはまるで宙に浮いているかのように見えるでしょう。こうした生き生きとした動きや軽やかさは、とても現代的です」
最も優れた職人が指名され、アトリエ長を継ぐ
創業者の名がニトで、メゾンの名がショーメなのはなぜかと考える人のために、ここで解説しておこう。ニトの息子が受け継いだメゾンは、アトリエ長であるジャン=バティスト・フォサンが継承。その後フォサンの息子が継いでメゾンを繁栄させたが、子供のいなかった彼は、共同経営者の息子プロスペル・モレルを継承者に指名。さらにプロスペルの娘と1875年に結婚したジョセフ・ショーメが次の継承者となり、この名となった。後を託す息子がいないときは、最も優れた人に託してきたのだ。
「今でもアトリエ長が辞職するときは次のアトリエ長を指名する、という昔ながらの習慣がショーメには残っていますよ。現在のアトリエ長は、13代目です。彼には次の世代を育てるという役目があり、それは美しいハイジュエリーを仕立てるのと同じくらい大切な仕事です」
だが、18世紀から積み重ねた高度なジュエリー製作の技術がありながらも、それを最前面に押し出してアピールすることは考えていないという。
「何という超絶技巧だろう、どれほど作るのが大変だったろう、と思っていただくのはうれしいことです。でも、技術は美しさに奉仕するものであって、第一義ではありません。例えば絵画を鑑賞するとき、まず情緒を心に感じるのが先で、画家の筆づかいをよく見ようとするのはその後ですよね。ジュエリーもそれと同じで、最初にくるのは胸をふるわせる感動であるべきなのです。240年以上も続くメゾンなら、技術力は高くて当然なのですから」
無限の可能性を秘めたグラン・クラシック
ハイジュエリーの中心地ともいえるヴァンドーム広場。現在の本店はその12番地に位置し、最上階にハイジュエリーのアトリエがある。ナポレオン1世没後200年の今年、そこから世界に向けて発信される最新作「トルサード」。
「このコレクションは、生命への讃歌といえるかもしれません。歴史的背景のあるモチーフを扱いつつも、グラン・クラシックであり、新しさとエネルギーに満ちています。こうした例えようもなく美しいジュエリーで、心に希望の光を感じていただきたかったのです。螺旋という象徴的なテーマは、無限の可能性を意味しているのですから」