絶えず変化する光と、めくるめく虹の色彩。その不思議をハイジュエリーへと昇華させたコレクション「ホログラフィック」をブシュロンが発表。最新鋭のテクノロジーと伝統的なジュエリーメイキングを融合させたメゾンのクリエイティブディレクター、クレール・ショワンヌに見どころを聞いた。
文=本間恵子
千変万化の光と色で魅了するハイジュエリー
「一体どうやって撮ったらいいんだ。どの色が本当なんだ?」。雑誌の撮影現場でパリのベテランフォトグラファーを大いに悩ませた、ブシュロンの「ホログラフィック」。どのピースもほんのわずかな光の移ろいで表情を変え、見る角度によって何色ともいえないカラーが現れては消え、とらえどころがない。
ブシュロンは1858年にパリで創業したジュエラー。ヴァンドーム広場26番地にある現在の本店は、かつてナポレオン3世が愛したカスティリオーネ伯爵夫人が住んでいた館だ。1928年には、インドからパティアラ藩王国のマハラジャがはるばるやってきて、秘蔵の宝石がぎっしり詰まった6つの鉄の箱を持ち込み、壮麗なハイジュエリーをオーダーしたなど、歴史的エピソードには事欠かない名門である。
「作りたかったのは、未知の可能性を持ち、絶えず変化を続けるハイジュエリーです」と、現在のブシュロンのクリエイティブディレクター、クレール・ショワンヌは語る。「ホログラフィックは、ギリシャ語で“全体”を意味するHOLOSと、“記録”を意味するGRAPHEINに由来します。つまりホログラフィックとは、すべての色を表現することを表しているのです」
先端テクノロジーが可能にした、夢幻の色彩
その白眉となるネックレス「ホログラフィック」は、薄くスライスされたロッククリスタル(水晶)が不思議な浮遊感を漂わせる。ロッククリスタルは歴代ブシュロン家の当主たちが得意とした素材だが、今回はそこに溶かしたチタンとシルバーをスプレーし、表面をコーティングしているという。
「サンゴバンという高機能建築資材を扱うフランスの企業に協力を依頼し、実現した技術です。すでにあった技術なのですが、ジュエリーに対して使ったことはこれまでなかったそうで、150回以上テストを繰り返し、失敗の山を積み重ねて、ようやく納得のいくものになりました。サンゴバンはジャン=バティスト・コルベール(17世紀の政治家)が創設した老舗です。ブシュロンも老舗ながら、イノベーションで最先端をいっているという点で、似ているところがあると思いました」
印象的な花のブローチ「クロマティック」では、本物の芍薬の花びらを1枚1枚スキャンして、その3Dデータを元にセラミックで花びらを製作。そこに金属の微粒子を高温でスプレーした。金属の配合によって異なる色調が出せるこの技術は、航空宇宙産業で用いられているのだという。
「このコレクションは現代美術家オラファー・エリアソンや、建築家ルイス・バラガンの光と色に対するアプローチにインスパイアされていますが、自然もやはり大いなるインスピレーションの源なのです。この世界で最も偉大なデザイナーは、自然です。そうは思いませんか」
アリゾナで出会った最高級のプレシャスオパール
大ぶりなリング「イリュージョン」は、オパールの内部で生まれる光のスペクトル色が美しく、その周囲に同じ色の小さな宝石を敷きつめて、トロンプルイユ(だまし絵)の効果を出したデザインだ。
「2020年の2月、アメリカのアリゾナ州ツーソンで毎年開催される宝石と鉱物のトレードショーに行きました。ツーソンは思わず驚いて目をみはるような宝石が見つかる特別な場所。そこで出会った極上のオパールをすべて買い占めてしまいました」
熱帯の淡水魚、ベタをモチーフにした「オパレサンス」には、誰もが息をのむに違いない。オパールの海を泳ぐベタが抱いているのは、71.69カラットものオパール。そのボディはオパールのマルケトリ(象嵌細工)で、ステンドグラスのように透けるヒレは乳白色のラッカーで作られている。
「オパールは光の回折によって多彩な色に輝く性質がありますから、それ自体がホログラフィックですよね。ベタという魚もそう。ひるがえるヒレの動きがもうそのままホログラフィックで、まるでイブニングドレスを着て泳いでいるかのよう。私はその美しさ、幸福感を何とか再現しようとしただけなのです」
アバンギャルドも100年後にはクラシックになる
しかしこれらは一体、ハイジュエリーと呼んでいいのだろうか。金属をスプレーしたロッククリスタルやセラミックは、例えようもなく美しいが、従来のハイジュエリーとは一線を画すものであることは間違いない。
ハイジュエリーとは、ゴールドやプラチナを使い、稀少な宝石を惜しげなくあしらい、高度な職人技で洗練された美をかたちにしたもの。それは、モードのトレンドに合わせて移り変わるファッションジュエリーや、模造宝石をつかったアクセサリーとは存在意義自体が異なる。
「私は貴金属や宝石といった素材の価値だけでなく、そこに心を揺さぶるような、見る人に何かを訴えかけるようなエモーションを込めたいのです。エモーションがあることで、ハイジュエリーはさらに価値が高まると信じていますから。こうしたハイジュエリーが、100年後にはクラシックだと呼ばれるようになるのが私の望みです。ブシュロンの歴史的な傑作、クエスチョンマーク形のネックレスも、最初に作られた1879年当時はあまりにも斬新で、クレイジーだと思われていました。でも140年以上がたった今もそのスタイルは愛され続け、クラシックとなっています。まったく新しいモダンなものが、時をへてクラシックになるのは、ジュエリーの世界では最高のことなのです。だからホログラフィックも、いずれそうなることを願ってやみません」
ファッションジュエリーやアクセサリーは、100年持たない。だがハイジュエリーは、100年後も輝きを放ち続けるのだ。