文=松原孝臣 写真=積紫乃

鈴木明子「スケートに命を吹き込んでくれる」人気振付師の実力(第1回)

最初の作品は本郷理華の『キダム』

 フィギュアスケートに打ち込む中、早くから振り付けに関心を持ち、やがて振付師の存在の大きさを知った鈴木明子は、競技から退いたあと、自ら振り付けを手がけることになった。

 最初の作品は2015-2016シーズン、本郷理華のショートプログラム『キダム(インカンテーション)』。それまでの本郷にはなかった動きや踊りが織り込まれつつ、、躍動感のあふれる作品は好評を博した。

2016年3月31日、世界選手権でSP『キダム』を演じる本郷理華 写真=7044/アフロ

「自分もなれたらいいな」と思っていた振付師としてのデビューとなったが、引退後、その役割を担うための具体的な青写真を描いていたわけではなかった。

「引退をしたあと、いちばんは自分が滑れる限りショーで滑りたいという思いがあったうえで、どこに自分の可能性があるのか分からないのでいろいろなことにチャレンジできるのであればやってみようという思いがありました」

 本郷は鈴木が拠点とする名古屋市内の「邦和スポーツランド」で練習する選手だ。

「本郷さんの先生たちが声をかけてくださいました。理華が成績が伸びている時期だったので、正直、初めて振り付ける選手が国際レベルの選手でいいのかどうか不安も大きかったです。でも、身近にコーチの方々がいる中で、いろいろ指摘もしてもらえる環境の方が初めてとしてはいいのかなと思いましたし、何事もはじめの一歩を踏み出さないと進めないと思いました」

 

ゼロから創っていくことの難しさ

 本郷を皮切りに、さまざまな選手に振り付けをするようになっていった。

 その中で、想像していたのと大きな違いを感じた。

「振り付けをしてもらって自分が表現することは、塗り絵を渡してもらって自分で色をつけていくこと、でも振り付けをするのは真っ白なところに絵を描いていくことだと思います。あるものに対して自分が色づけて表現していくことと、何もないところにアイデアを出して描いていくことって、似ているようでまったく違うことだと気づきました。1から、いえ、0から創っていくのはほんとうに難しいことです」

 依頼が続いたのは、表現力に定評のあった鈴木に期待してのことだろう。だから責任を覚えた。

「果たして応えられるんだろうか、なにより選手の人生を左右するかもしれないと思い、責任を感じました」

 自分に依頼してくる事情も感じたからなおさらだった。

「『ゆっくりした曲が多かったけれどもうちょっと動いて表現できるものにしたい』、あるいは『殻にこもっていてなかなか自分が出せないから』ということが多かったんですね。今までのイメージにないものということは挑戦ですよね。しかも苦手なものへの挑戦です。どうしたら苦手と感じているものを好きになってもらえるんだろう、殻を破れるんだろう、すごく難しいことだと思いました」

 それでも必死に取り組んだ。

「この子はどういう動きがきれいに見えるのかな、見え方はこっちがいいかな、と考えます。体のラインはよく見ますね。一人ひとり骨格が違うので、いざ振り付けてみて、その子の体型だったら足が前じゃなくて後ろがいいということもあります。体型は変えられないけれど見せ方によってものすごく美しくなる。それこそ私自身が体型的に恵まれていないので、こうすれば足がもうちょっと長く見えるとか考えてきたところですね。一人ひとり、みんなが氷の上できれいに見えるようにしたいんです」

 

スケートが好きであってほしい

 責任を思い、簡単ではないことも実感しつつ取り組む中には、うれしかったこともたくさんあった。

「もちろん結果を出してくれることもそうですが、私のところに来てもらって振り付けをして、帰ったあとにコーチの方から連絡をいただいたことがあります。『今までモチベーションが落ちていたけど、このプログラムで何かをつかんだようです。いきいきと練習するようになりました』。スケートが嫌いになりそうでやめそうだった子もいました。その子がプログラムを作っているとき、笑いながら、楽しみながら取り組んでいました。見守っていたお母さんが『あんなに笑ってスケートをしているのを久々に見た』と泣いていらっしゃることもありました。振り付けは単純に振り付ける、という意味だけではありません。私自身、振り付けの方から、やっぱりスケートって楽しいなと思わせてもらいました。同じように自分にも少しできたのかもしれないなと喜びが返ってくる瞬間でした」

 話の中で、鈴木は何度か「一人ひとり」と言った。言葉の通り、一人ひとりを大切に思い、個性を見極め、氷上で輝いてほしい、スケートが好きであってほしいという一心で打ち込んできた。それが伝わったからこそ生まれた出来事だった。

「もちろん、結果は求められるし結果が出れば喜びももっと大きくなって返ってくるけれど、何よりもスケートをやっていてよかったなと思ってもらえるものであってほしいといちばんに思っています」

 振り付けをするにあたっての根底にある思いを語る鈴木は、だから今、フィギュアスケートのこれからについて思うことがある。(続く)

鈴木明子(すずきあきこ)
プロフィギュアスケーター。また、振付師、メディア出演や講演など幅広く活動を続ける。2010年バンクーバー、2014年ソチとオリンピックに2大会連続出場し、ともに8位入賞を果たす。2012年世界選手権では銅メダルを獲得。2013年全日本選手権では日本女子史上最年長となる28歳で優勝を飾った。