写真=三田村 優 文=福留亮司

福井県が誇る伝統工芸品のPRに指名したのが、女優のんさんとビームスが組んだプロジェクトだった

福井県が誇る伝統工芸品

 福井を訪れた。目的は福井県が誇る伝統工芸の現場を見学させてもらうことだった。福井県には経済産業大臣指定の伝統工芸品が、越前和紙、越前打刃物、越前箪笥、越前漆器、越前焼、若狭めのう細工、若狭塗と7品目ある。この伝統工芸品とファッションのビームスがコラボレーション商品を製作するというのだ。

 ビームスはセレクトショップであり、オリジナルブランドも展開する日本ファッション界の雄。一見、結びつきにくい両者の融合は、女優のんさんをプロデューサとして迎え「FUKUI TRAD」としてスタート。その内容は、とても興味をかき立てられるものだった。

 仕掛けたのは福井県だ。

 「念頭に『ふくいブームの創出』というのがありまして、あまり認知されてない福井県をどうPRするかということなんです。福井県らしさというか、福井県にあるいいもの、本物を見て触れてもらうことで、ファンになってもらえればと思っているんです」

 そう語るのは福井県交流文化部新幹線開業課・企画主査の前 宗徳さん。所属部署でもわかるように2024年の春に新幹線開通予定にあたって、そのPRを担うひとりである。いま福井は北陸新幹線の開通に伴い、いかに観光客を誘致できるのかということが大命題。成功すれば、コロナ後ということもあり、大きな起爆剤になることだろう。

 ただ、福井県には越前蟹もあれば、東尋坊、曹洞宗の大本山・永平寺もある。最近は恐竜も有名で、2000年に開館した「恐竜博物館」には多くの観光客が訪れている。なぜ今回は「伝統工芸品」だったのだろう。

 「越前蟹や恐竜は長年PR活動をやってきて、ある程度の認知度があります。でも伝統工芸品はあまり知られていない。歴史もあり福井県の宝ともいえる本物なので、それを知ってもらいたいのです。今回は民間の方々にご提案いただいた中に、ビームスさんとのんさんのプロジェクトがあったのです。それで、これなら今まであった伝統工芸=美術品的な敷居の高さを解消できるかな、と思いしました」

福井県交流文化部新幹線開業課・企画主査の前 宗徳さんは、福井が誇る“本物”を是非とも知って欲しいと語る

 今回の「伝統工芸品×ビームス」のコラボレーション商品には、女優ののんさんが絡んでおり、このプロジェクトのプロデュースを担っている。彼女はすべての銘柄の打ち合わせに参加し、商品の柄やマークなども描いている。したがって、ターゲットは若者。商品は、とくに女性がメインとなっている。

 「若い世代へのアプローチとして、ビームスさん、のんさんは、とてもよかったです。若い人たちに届けてみようというコンセプトがすごく良くて。それを採用させていただきました」

 それでは、若い世代に向けた“本物”を見に行ってみようと思う。

 

和紙で作る意外な商品

 今回訪問したのは、福井県でも越前地区にある5つの品目の工房、協会である。本来は全品目行くべきなのだが、日程の都合もあり、少し離れた若狭地区の2品目は残念ながら断念した。

 で、まず向かったのが越前市の福井県和紙工業協同組合である。応対していただいたのは副理事長の五十嵐康三さん。ご自身の会社、五十嵐製紙の代表でもある。いかにも職人然とした方で、少し気後れしながらFUKUI TRADについて話をうかがうと、出てきた銘柄が「ヘアバンド、シュシュ、巾着袋」。いろんな意味で意表をつかれた。

組合には最盛期に90社所属していたが、現在は57社。このFUKUI TRADが起爆剤になれば、と語る五十嵐副理事長

 「やはり一番の問題点は耐久性をどうするか、でした。和紙は手で揉むと丈夫になるんですが、性質上、表面が剥がれやすいのです。そこに注意しながらの製作でした。柄はのんさんが描いたもので、5色使われています。もちろん、ベースは白ですから汚れにも気をつけなければなりませんでした」

 汚れについては、コーティングを施すことで解決。あとは強度と柔らかさの塩梅である。とくにヘアバンドとシュシュは身体につけるもの。ゴワゴワしないように、厚みにも注意しながらの製作だったという。

 「和紙は揉むと柔らかくなるので、使えば使うほどよくなるという特徴があります。そして、強いので安心して使ってもらえると思います。和紙の良さを少しでもわかってもらえれば嬉しいのですが」

こちらはシュシュの最終試作品。もうほぼ完成品と言えよう

 確かに紙だが、和紙は本当に強い。その証拠に、巾着袋の縫製は普通の糸を使っているという。ファブリックやレザーのそれとまったく同じなのだ。耐久性に関してはまったく心配いらないようである。

 便箋、封筒、葉書、扇子、障子から名刺、包装紙など多様に使われてきた和紙も、現在は伸び悩んでいるという。とくにコロナがはじまった昨年からの落ち込みは大変なものだった。

こちらも最終形のヘアバンド。伝統工芸だが、和紙の風合いが新しい

 「FUKUI TRADは起爆剤になればと期待しています。若い子に向けた新しい商品、ヘアバンドとシュシュは新しい試みです。それに巾着袋もこれまでは無地だったのですが、今回初めて柄が入りましたし」

 すべての和紙商品にのんさんのデザイン画が入り、5色で彩られた。この5色は重ねて着色していくので、「通常の5倍かかる」とのことだが、それも楽しそうに語ってくれた。このシュシュ、ヘアバンド、巾着袋によって若者に和紙の良さを認識してもらえれば、と願うばかりである。

初めて柄が入った和紙の巾着袋。最初の試作品では副理事長の奥様がミシンで縫ったとか

世界のブランド「越前打刃物」

 続いて向かったのが「越前打刃物」の「タケフナイフビレッジ」。ここは越前打刃物の製造、販売を行っている協同組合である。

モダンなタケフナイフビレッジの全景。隣には打刃物の工房があり、見学することができる

 建物はモダン建築で、室内も明るく、商品も整然と陳列されている。この越前打刃物は、海外の一流シェフも使用するなど人気が高く、コロナ前はビレッジに多くの観光客が訪れていたという。昨年放映されたTVドラマ『グランメゾン東京』で、木村拓哉さんが演じる敏腕シェフの包丁に使用されたことでも話題となった。

 すでに認知度は高いと思われる越前打刃物についてお話をうかがったのは、伝統工芸士の加茂勝康さん。この道65年の大ベテラン。その手を見ただけで熟練の職人ということがわかるマイスターである。それだけで背筋が伸びる感じがした。でも話すととても気さくな方で、企画についても丁寧に説明してくれた。

 「最初は包丁を抜いたあとの金属で何か作ってくれ、ということでした。包丁の抜きカス、金属の包丁分を抜くと端物が出るんですけど、それを利用してブレスレットというんですか、それを作ったんです。これはビームスさんからの提案でした。女性用なので、私たちの腕にはまったくハマらないんですが(笑)」

金属から包丁の型を抜いたもの。いわゆる抜けかす。これが今回のブレスレットの元となっている

 最初は男性でもできる大きなサイズで作ったのだが、ビームスから「これくらいの細さにしてください」との指定が入り、小さなサイズになっていったという。表面は緩い凹凸があり、風情のある感じに仕上げられている。

 「抜いたカスで作るのは難しいんですよ。取る場所によって太さが違いますから。厚さは包丁と同じですね。それで表面は叩いて出してくれという指示。槌目ってやつですけど。だからマークは内側に入れました。太いのだけですけど」

 

一人前になるには最低10年

熱した金属を鍛造する熟練の伝統工芸士、加茂さん。お願いすると気さくにその仕事ぶりを見せてくれた

 打刃物のシンボルでもある包丁の依頼は、しばらく後にきたという。

 「こちらは、もともとあった型の包丁に刻印を入れてくれ、ということでしたので、のんさんが描いたマークをいくつか入れました。刻印を指定通り打つのも、なかなか難しいんですけどね」

 越前打刃物の包丁の素晴らしさは、さまざまなところで語られている。まずミシュランの星を獲るような一流シェフがこぞって求めるということでも、その切れ味の良さは実証されていると言っていいだろう。この包丁づくりについても、名人・加茂さんに聞いてみた。

 「まず形を均一に持っていくことが難しいです。『打刃物』ですから打ってつくる、鍛造です。ある程度の形にするのも、初めのうちはなかなかうまいこといかないんです。大体一人前になるには最低10年。でも、10年でもうまくはいかないですねぇ。ひとつできたら、またその上を目指しますし、なかなかうまいこといかないんですよ。職人の世界はキリがないんです」

 だから“打刃物”は大量生産ができない。その代わり一つひとつきっちり作ることで高い品質を保っている。確固たる品質が証明された今日、「越前打刃物」というブランドはコロナ禍においてもびくともしない。

FUKUI TRADの包丁。こちらは既存の形にのんさんが描いたマークが刻印される

 「海外もバイヤーさんが頑張ってくれてるから、落ち込みはないです。コロナ前は毎日外国の方がきていましたが、それがなくなったくらいです。いまはインターネットの時代ですが、このタケフナイフビレッジに来ていただければ3分の1くらいの価格で購入できますから、わざわざ来られる方が多かったんだろうと思います」

包丁の型を抜いた端物からつくられたバングル。槌目といわれる模様がポイントだ

 タケフナイフビレッジに行けば商品の購入だけでなく、工場見学も体験教室もある。700年続く伝統の「越前打刃物」を体感することができるのだ。

加茂さんたちが作業する工房内。見学も可能で、全体を俯瞰できる場所もある