ミーティングを重ねて出来た商品

 そして、越前市にあるもうひとつの伝統工芸品が「越前箪笥」だ。伝統工芸士でもある小柳範和さんのお店「小柳箪笥店」でお話を聞いたのだが、こちらだけは他と違い「これを作ってください」という具体的な指定がなかったそうだ。しかも越前箪笥のみ、3アイテムを3社がそれぞれ作るということだった。

小柳箪笥の店内。木目も美しい箪笥や小物が整然と並べられている

 箪笥とビームス。なんとなく近いようだが、箪笥職人さんが何を作るのか、あまり接点を見出せない。小柳箪笥店では「ウェアラブル商品を」というお題をもとにミーティングを重ね、「卓上コスメボックス」を製作するという結論に至った。

 「卓上で、女性の方がメイクをする化粧品、化粧道具を入れるボックスですね。メイクボックス。お化粧するときの生活スタイルってどんなものかな?ということを念頭に考えました。これにはうち家内のアイディアも入っているんですけど」

FUKUI TRADの商品となったコスメボックス。和の風合いが素敵である

 いわゆるドレッサーであれば、小柳箪笥ならばお手のもだろう。今回はウェアラブル商品。小型化するたもの工夫も必要だろう。

 「まず一人暮らしだと、ソファの下に座り込んで、テーブル上にいろんなものを持ってきてメイクするというイメージがありました。それを一気に収納できて、人が来た時にスッと動かせる。それから飾り棚になっているというイメージですね」

 通常の越前箪笥はものをしまうもの。大事にしてるものをしまう。着物とか帳簿とかをしまうというイメージがある。それがアクセサリーや化粧道具になったということだ。

 「コスメボックスといってますが、コレクションボックスとしても使えます。用途はお客さん次第です。それから、のんさんの水というテーマの絵が和紙に描かれ内装に貼り付けられます。外装に描くのかと思っていましたら、そこは表面の木の感じを残したいということでした」

コスメボックスの試作品を開けたところ。内側にのんさんのデザイン画が貼られ、その上に鏡が付けられる

時代に合わせた柔軟性

 それから、小柳さんは製作しているうちに別の用途も思いついている。

 「この開けたところにスマートフォンやタブレットを置くと、ちょうどいい位置になるので、zoomなどをやるときに使用するのもいいかな、と思いました(笑)。自由に使っていただければいいですね」

 製作に際しては、ビームス側とのやりとりは多少あったようだが、「自由がありました」というように、ほぼ任せてもらえたのだとか。今回のコスメボックス作りは、小柳さんにとっても新しい試み。新幹線開通は大きな出来事なので、なにかきっかけになればと期待している。

 「箪笥の売り上げというのは本当に少ないんです。箪笥は、越前打刃物の技術が金具にあったり、越前漆器の漆塗りの技術があったりと昔は分業だったんです。そういう技術の集積が箪笥を生んだと思っています。本当に技術の詰まったものなんです。いまは箪笥の技術を用いた小物雑貨などが多くなっています。iPhone用のスピーカーやコースターなど、若い人の目につくようなコンテンツを出し、興味を持ってもらおうというところもあります。時代に沿って変化していくことも大切なのかな、とは思いますけどね」

箪笥に関する全ての工程を賄える小柳箪笥

 小柳箪笥店にはお店の裏に金具作ったり、漆を塗ったり、指物をやったりという工房があって、ここだけで完結できる環境が揃っている。さらに24歳になる若者がおり、息子さんも五代目を継ぐために修行に入っている。柔軟な考えを持つ店主もいる。きっかけさせあれば大きな注目を集めることになるかもしれない。

箪笥に関する全ての工程を賄える小柳箪笥

美しい風景が広がる鯖江へ

 ここで越前市を離れて鯖江市に向かった。鯖江といえば眼鏡が有名で、ファッションに興味のある人なら聞いたことがある地名だと思う。それとは別に、この地にはもうひとつ、伝統工芸品、漆塗りの器「越前漆器」の工房が点在しているのである。まず組合がある「うるしの里会館」で越前漆器協同組合の大久保論隆さんと合流し、蒔絵師・森田昌敏さんの仕事場へ向かった。

 森田さんの仕事場は、雪解け水が流れる坂道の途中にあった。そこに行くまでの田園地帯は、折からの雪が綺麗に残り、美しい風景を作り出していた。思わずクルマを停めたくなる衝動に駆られたほどである。

 森田さんは10畳ほどの仕事場で黙々と仕事をしていた。

蒔絵師、森田昌敏の仕事場。彼にとっては、温度、湿度がわかるこの空間が最適な環境なのである

 「今回の商品は、地、水、空をそれぞれイメージした器3種とつけ爪ですね。器はそれぞれ15組。つけ爪の方は10本で1組、それを10セットということです。地、水、空のイメージ画はのんさんが描いたものがあり、それを器に写し描いていくわけです。色は青、濃い青、赤、金などを使っています。いま金の価格が高騰しているので、金を使うとなるとドキッとするんですが(笑)」

地、水、空を表現した、のんさんの原画。これが器に描かれるのだ

 金の価格はさておき、漆の特性上、色数が多いのはとても大変なのだという。

 「漆には必ず乾かす工程が入ってきます。1箇所描いて乾かす。そして、次の色を描いてまた乾かす、というのを繰り返すので、一つの器を描くのに数日はかかるんです。だから、絵柄は単純に見えるんですが、蒔絵の工程としてはとても多いのです」

今回の商品には多くの色が使われた。1箇所描くと乾かさなければならないので、色数が増えるとそれだけ時間もかかる

 さらにこの工程の後に、今回は貝を貼るという、もうひと工程が待ち構えている。

 「貝は貼った後に、その上に漆を塗ってしまいます。それから完全に乾いたところで、ペーパーや炭で貝が出てくるまで研いでいくんですよ。貝は薄く見えてもそれなりの厚みがありますから。曲面に貼るので、ちょっと貼っただけでは浮いてきます。そこで触ると割れてしまうので、チップでやってみたんですが、ビームスさんの要望は貝なので。剥がれる懸念は伝えているんですけど」

 この時点では、まだ完成品がなかったのでなんとも言えないが、商品に貝が貼ってあれば、なんらかの工夫がなされたと思っていいだろう。

 

器はベースが白漆

白漆が使用されたお碗。ここに、のんさんが描いたデザインが色付けされていく

 そして器だが、今回のものはベースが白ということだ。先ほども出てきたように、金を使っているという。

 「金の割合が多いんです。漆は黒ベースだと金、銀が映えるんですが、ベースが白なので、やはり赤とか濃い色の方が目立つんですよ。漆は乾くと黒くなるので、白はどうしても茶色っぽい色になるんです。赤も、あずき色のようになってしまいます。すべての漆は黒く乾いて、徐々に戻っていく。それを一気に乾かすと色の戻りが悪くなるんです。だから、色を重ねると時間がかかるわけです」

黒い漆の器に金色をふんだんに使って描かれた商品

 しかも、漆はべたべたにした箱の中で乾かすのだ。

 「漆は洗濯物と反対なので、風と太陽があったらダメなんです。蒸れる時が一番乾きます。だから梅雨はよく乾くんですよ。冬は湿度があっても温度がない。夏は温度はあるけど湿度がない。梅雨はみるみる乾くんですよ。へたすると、30分~1時間で乾いてしまうんです。冬は冷え込んでいると1日経っても乾かないです。ただ、乾きが早いほうがいいとは一概にはいえないんです。均等に色をつけるので乾かないほうがいいときもある。途中で夜に寝て、朝起きた時に乾いてると大変なことになりますから」

 蒔絵師は、自分の仕事場の湿度は大体わかっているのだとか。部屋のどこが乾きやすいとかを熟知している。だから、感覚が変わってしまうので違う仕事場には行きたがらない。ほんのさわりしか見てないのだが、漆の世界は奥が深い、と感じ入ってしまった。